「黒死病、か…?」
 突然現れたクポッ!にフェイは驚いたが、彼の姿を見たクポッ!も同じように驚いた。
 クポッ!の言葉に、複雑そうな顔をしたフェイは姿勢を正すと頭を垂れて言う。
 「いえ、俺の名前はフェイです」
 彼の名乗った名前にクポッ!は一瞬考え込んだが、すぐに顔を上げた。
 「とにかく、今はこの戦いに決着を付けなくては」
 「そうですね」
 頷いたフェイにクポッ!は安堵したような表情を見せると、目の前の戦場に改めて目を向けた。



Good luck on your travel
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#19 東京アンダーグラウンド 03




 「Stormさんは彼らの治療を、ゆかりさんは足止めをかけてください」
 クポッ!の指示を受け、一緒に現れた二人のPCが動く。
 小振りのマシンガンを二丁構えたゆかりは、ネットポリスのPC達に向けて躊躇無く引き金を引いた。しば達はその場から飛びのいたが、御堂岡が何を思ったのか鉄球を構えて一人突進する。
 「御堂岡!戻りなさい!」
 「うるせぇ、俺に指図するな!」
 「この…っ!」
 しばの静止の指示を無視して吼える彼に照準を定めて撃つが、鉄球にガードされ当たらない。
 まずい、と悟ったゆかりが逃げの態勢を取ると、援護なのか別方向から球が撃ち出された。だが、それも鉄球で弾き返した御堂岡は足を止めると、攻撃した人間を凄まじい形相で睨みつける。
 「てめぇは、まだくたばり足りないみたいだな……!」
 「……俺は、負けたなんて一言も言ってないぞ」
 Stormの応急処置を受け、何とか立ち上がった偵察部隊はガラス球を手で遊ばせながら言う。
 その言葉に額に血管を浮かび上がらせた御堂岡は歯軋りをすると、彼に狙いを変えた。
 「やっぱり息の根を止めておくべきだったな」
 土ぼこりを上げて地面を蹴って突進してくる御堂岡に、偵察舞台は直径がゆうに20センチはあるかと思われるガラス球を取り出すと、特性の投擲機で打ち出す。
 もはやガラス球では無くガラスのボールと言った方が相応しいそれは凄まじいスピードと破壊力があったのだが、今まで彼が撃ち出した他の球と同じように、鉄球に難なく弾き返された。
 「いつまでも通じない手を使ってるんじゃねぇ!」
 やっぱりてめぇは期待外れだ、と吐き捨てた御堂岡は鉄球を振りかぶると打ち下ろす。
 だが、偵察部隊はその場から逃げようとしなかった。
 「偵察さん!」
 黙って鉄球を喰らう姿勢を見せている彼に、水無瀬が叫ぶ。
 だが、彼女の叫びに偵察部隊はなぜか余裕の笑みを見せると、御堂岡に一声かけた。
 「御堂岡、今まで俺たちの放った攻撃が全部同じ箇所を狙っていたのに気が付いてなかったのか?」
 「何だと!?」
 御堂岡が彼の言葉に驚愕した瞬間、偵察部隊の背後に隠れていた上級厨房が武器を構えた。
 「さんざんコケにしてくれたお返しだぜ」
 ドンッと乾いた音と共に発射された光弾が、御堂岡の鉄球にぶつかり弾け飛ぶ。
 その瞬間、短い音がしたかと思うと亀裂が入った。
 瞬く間にそれは全体に広がると、何トンもあったはずの鉄球が散り散りになり、ただの破片となる。
 「そんなバカな!?」
 「どんな硬いものでも一点に集中されて攻撃すれば、そこから崩壊し始める。最初は小さく、だんだん大きく、そして最後にとびきりデカイので衝撃を与えれやれば終わりなんだよ」
 バラバラと落ちていく鉄の破片の雨の中で呆然とする御堂岡を見て、偵察部隊はニヤリと笑う。
 「御堂岡、何ぼさっとしてるんですか!早く逃げなさい!」
 しばの言葉に我に返った御堂岡が偵察部隊を見れば、彼は指の間にガラス球を挟んで構えていた。
 「てめぇらは…」
 あの乱闘の中でたった一点にだけガラス球を狙って当てていたのか…、と御堂岡が信じられないと呟けば、二人は顔を見合わせて肩を竦めた。それに苦笑した御堂岡の身体に、ガラス球が散弾銃のように叩き込まれる。
 「……やっぱり、期待した通りだったか…」
 致命傷を負った御堂岡はそれだけ言うと、ゆっくりと倒れた。

 「バカな、御堂岡が…!」
 倒れた御堂岡の姿に信じられないと驚く安東の背後に神薙が現れるとクレイモアを振り下ろす。
 重たい一撃に唸った安東だったが、すぐに砲身を構え殴りかかった。と、神薙の前に八咫烏が滑り込んで篭手を構える。体格と武器の質量差から彼は数歩後ろへよろめいたが、何とか防ぎきった。
 「悪いな、恩に着る」
 「気にしないでいいよ」
 八咫烏の背後から飛び出した神薙は口内で何かを呟く。
 彼のクレイモアが一瞬揺らいだかと思うと、刀身が消え、代わりに竜巻が宿ると空気を切り裂いた。
 「これを使うとしばらく動けなくなるから、最後の奥の手だったんだがな。本当は、さっきのお前の一撃を相殺しようと思って温存してたんだぜ?」
 でも、もう出し惜しみする必要も無いだろう、と神薙がクレイモアを振り抜くと刃から発生した一陣の風が、3人の間を通り抜ける。
 だが、その他には何も起こらなかった。
 「なんだ…、何も起こらないじゃないか」
 何が起きるかと警戒していた安東は拍子抜けし、呆れたように言う。
 「遊びは終わりにしようか」
 大砲を構え二人に狙いを付けたところで、安東は己の身体の異変に気が付いた。
 彼の手足の先からデータの崩壊が始まり、PCが消え去ろうとしてたのだ。
 「なんだこれは!」
 サラサラと細かい破片になって消えていく自分の身体を見て焦る安東に、地面に突き刺したクレイモアに寄りかかりながら、神薙が言う。
 「俺の風は、全てを分解して無に返す特殊なモンでね」
 こいつをプログラミングするのは大変だったんだぜ?と笑う彼に安東は信じられない、と首を振った。
 「これは、神の領域じゃないか…」
 「だから、俺が神薙なんだよ」
 胴体まで分解された安東を姿を見ながら、神薙はただ不敵に笑う。
 どう足掻いても崩壊から逃れることは出来ないと理解した安東は、PCを破棄しようとした。
 「さすがは、ハック界でも名を馳せていた人物だけのことはあるな」
 「神薙さん、危ない!」
 安東が自爆しようとしているのに気が付いた八咫烏が逃げるように叫ぶ。
 だが、神薙が攻撃の反動でしばらく動けないことに気付くと、篭手を構えて彼の元に走った。
 「八咫烏、何で逃げないんだ!」
 「せめて二人とも道連れだ!」
 「あなたを見捨てることなんて出来ないでしょ!」
 傷だらけの身体で自爆の破壊力から自分達を守りきれるかどうかの自信は無かったが、それでも八咫烏は神薙の前に立つと、シールドを全開にさせる。
 次の瞬間、安東がPCを自爆させ、周辺はまばゆい光に包まれた。

 圧倒的だった形勢が再び互角まで戻ったことに、しばの額から冷や汗が流れる。
 戦力の要だった黒揚羽、御堂岡、安東が倒され、残された7人の攻撃力では決定打に欠けていた。だからと言ってここまで来て撤退する訳にも行かず、進退極まったしばは判断を付けられずに唸る。
 「しば!」
 「…しつこい人ですね」
 彼の隙を突き、aaa.comが攻撃を仕掛けたが、数回斬り合っただけですぐに飛び退いた。その行動を訝しがったしばだったが、荒い息を吐き苦痛に顔を歪めているのを見て、限界なのか、と知る。
 「まずは、あなたから倒した方が良さそうですね」
 治癒能力を持つStormとちょこまか攻撃をしかけてくるゆかりは鬱陶しいですが、手負いを倒すのが先決でしょう、と傍に居た吾妻とロギアに指示を出し追撃をかけた。
 「……おい」
 「なんだ」
 深い傷をいくつか負い、既に動けない身体にも関わらず、残った気力のみで武器を握り3人の攻撃を捌いているaaa.comは、少し離れた場所に居たクポッ!に声を投げかける。
 「今さら出てきてヒーロー面か?」
 「別にそういうつもりじゃない。ただ、助けになれば良いと思っただけだ」
 「……はっ、そんな説明で納得するとでも思ったのか?」
 何しろ、過去何回か騙されたからな、と悪態付いたaaa.comだったが、すぐにだが、と言葉を続けた。
 「悪いが、今回ばかりはその言葉を信じさせて貰うぞ」
 その言葉を言い終わらない内に、彼のガンブレードの片方がしばに弾き飛ばされる。
 「もう、武器を握る力も残っていませんか!」
 限界を超えたaaa.comに勝利を確信したしばは、部下の二人と共に最後の一撃を繰り出す。到底、残りの一刀では防ぎきれない攻撃を前に、aaa.comは諦めたのか武器を降ろすとクポッ!を見た。
 「助けろなんて言って無いからな」
 「お前……」
 クポッ!は彼の言葉に目を細める。
 「分かった、あとは任せろ」
 しばの双剣が迫る中、それが望みならば、と黙ってaaa.comの最後を見届けようとした彼の横を、勢い良く誰かが走り抜けた。
 「aaa.comさん!」
 名前を叫んで飛び出した人影は繰り出される攻撃を代わりに受けながらaaa.comの元に辿り着くと、どこにそんな力が残っていたのか、彼を抱きかかえてその場から逃れようとする。
 「k3!?」
 「逃がすか!」
 考えもしなかった人物の出現にaaa.comは驚き、しば達は逃がしてたまるか、と追いかける。だが、フェイの繰り出した攻撃に吾妻は弾き飛ばされ、ロギアも横から牙突を繰り出して現れた$2の攻撃に対処するのが精一杯で追いかけられない。
 唯一、k3を追いかけたしばの前にも、暗黒元帥が立ちはだかった。
 「……残っているネットポリスは貴方達だけですよ」
 険しい視線を送りながら言う彼の言葉に、慌てて周囲を見る。暗黒元帥の言った通り、いつの間にか残っていた7人の内4人は倒され、破棄されたPCが転がっているだけだった。
 「バカな…!」
 青ざめるしばを前に、暗黒元帥は攻撃プログラムを転送させる。
 「行きますか、グーングニル」
 ランスが出現し、手にした暗黒元帥が名を呼べば呼応するかのように先端が鈍く光る。
 攻撃を繰り出そうと身構えた彼の前にクポッ!が割り込んだ。
 「待った、元帥」
 「何の真似ですか、将軍」
 止められる理由が分からず不快そうに抗議する暗黒元帥に、クポッ!は落ち着けと宥める。
 「手負いといえどもあのaaa.comをあそこまで追い詰めたんだ、元帥一人じゃ荷が重いでしょう」
 「……、貴方にそんなことを言われる筋合いはありませんよ」
 第一、武器を持っていない貴方がどうやって戦うんですか、と手ぶらのクポッ!を小ばかにしたように見れば、フェイが背後に現れた。
 彼が相手をしていた吾妻は、既に物言わぬ亡骸になって横たわっている。
 「将軍」
 地面に片膝を付いたフェイが真剣な表情して手を前に出すと、彼の手が紫の光に包まれた。
 その光が弾け飛ぶと、一振りの大太刀が姿を見せる。
 「大般若長光です」
 「やっぱり、君が持っていたか」
 無断でお借りしていました、と申し訳無さそうに言うフェイにクポッ!はそうだろうと思っていた、と笑いかけると大般若長光を受け取り、刀身を鞘から抜き出した。
 長さ5尺もある大太刀は彼の手に渡った途端、おぼろげながら紫色に光り始める。
 昔の感覚を思い出そうとしているのか、数回刀を振ったクポッ!は、これなら文句は無いだろ?と、暗黒元帥を省みた。
 彼は嫌そうな顔をしたが、断る理由を思いつかなかった為、クポッ!の横にしぶしぶ並ぶ。
 「貴方とまさか、共闘することになるとは思いませんでしたよ」
 「昔のことは、もういいじゃないか」
 目の前の敵に集中しよう、と忠告するクポッ!に暗黒元帥は分かってますよ、と返した。
 「私は……っ!」
 かつて、荒らし界隈を騒がせた二雄のコンビを前に、しばは薄皮が破れる程強く唇を噛む。
 周りを見れば、自分の他に唯一生き残っているロギアの姿が目に入ったが$2の猛攻に押され、遅かれ早かれ倒されるのは目に見えていた。
 あと僅かで決着が付くというところまで追い込んでおきながら、逆転させられた形勢にしばは吼える。
 「こんなところで、諦めてたまるか!」
 氷の双剣を構え半ば自棄になって突っ込んでくるしばに、二人は刀を構えると気を集中させた。
 一方、k3に抱えられ安全な場所まで運ばれたaaa.comは焔の処置を受けながら聞く。
 「k3、あいつらはどうなったんだ」
 彼の問いに、k3は大丈夫ですよ、とにっこりと笑った。
 「もう、すぐに終わります」
 そう言った彼の視線の先には、黒く光る刀を持つクポッ!と白く光る槍を構える暗黒元帥の姿があった。天すらも切り裂いてしまいそうなほどの光の勢いに、k3は目を細める。
 「3年前はあれがぶつかり合って、荒らし幕府が丸々消滅したんでしたっけ…」
 感慨深そうに呟くk3の前で、二人は走り出した。
 突進してくるしばとの距離が、一気に縮む。
 「私がこんなUGの片隅で終わる訳がない!」
 「自分が特別だなんて思わないことだ」
 しばの言葉に冷たく返したクポッ!に、暗黒元帥は目を細めた。
 「煩い、黙れぇ!」
 それに彼は激昂すると、双剣を地面に突き刺し何百という氷柱を出現させ、二人に向けて放つ。 
 「全てを破壊しろ!月下氷天!!」
 しばの繰り出した大技を避けながら、クポッ!は暗黒元帥に声をかけた。
 「行きますよ、元帥」
 「だから、私に指図しないで下さい」
 彼の言葉に暗黒元帥は眉を顰めたが、その口元は微かに笑っている。
 二人は極限まで高めた気を宿した刀を構えると、縦に薙ぎ払った。
 「月読」
 「天照」
 静かに言われた言葉とは裏腹に、刀から荒れ狂う黒と白の衝撃波が放たれる。
 しばの出した氷柱を砕きながら地面を進んだそれは、サイトの中心部分でぶつかると凄まじい熱と光を出しながら、辺り一体を巻き込んで爆発した。



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