フェイは焔と共に荒らし幕府を訪れていた。
 何も無い空間を当てもなく彷徨っていると、再びあのボロボロなった旗が目に入った。
 近づいたフェイが、そっと手に取る。
 「そいつが、どうかしたのか?」
 「こいつである手順を踏むと、シークレットルームへ繋がるんだ」
 覚えていないけど思い出したんだ、とちぐはぐなことを言いながら、既に劣化の激しい旗をこれ以上破損させないように気を使って空間に突き刺す。
 突き刺した根元から黒色の光が出たかと思うと周りに広がり、視界が一転して真っ暗になった。
 「こりゃ、驚いた」
 呟く焔の目の前にドアが一つ、ぽつんと出現した。



Good luck on your travel
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#13 荒らし幕府 03




 扉を開けて中に入ったフェイに続き、焔も足を踏み入れる。
 二十畳ばかりの部屋の中には何百個という数のモニターがあり、それに囲まれて一人の男が椅子に座っていた。男が誰なのかに気付いた焔は、口笛を吹く。
 「将軍…、か」
 声が届いたのか、男は焔に視線を向けた。
 彼こそが、すでに無くなってしまった荒らし幕府の君主である、クポッ!だった。
 「よく来たね」
 声に促されるままに、彼に近づく。
 特に親しい間柄でもなかったのでなんと返事をしようか焔は迷ったが、クポッ!の身体の異変に気が付き手を伸ばした。服に触れようとした手は空を貫き、身体の中に入り込む。
 「なんだ、ホログラムじゃないか」
 実体を持たない映像だけの存在に、肩の力が抜けた。
 冷静に考えてみればそれもそうだ。
 この、滅多に人の訪れない場所にPCが居る訳は無いだろう。
 それ以前に、クポッ!自身はとっくの昔に荒らし界から去っているのだ。
 「なぁ、フェイ…、ってお前なにやってんだ」
 ホログラムには目もくれずに、機械を操作しているフェイに焔は声をかけた。
 だが、聞こえなかったらしく、一心不乱に手元のパネルを操作し続けている。
 まぁ、いいけどな、と頭を掻いた焔は改めて部屋の中を見渡した。何百というモニターにそれぞれ別の場所が映っている様は圧巻で、どこに視線を固定すれば良いのかわからない。
 「君は、ここに来るのは初めてかな」
 「あ、あぁ、そうだが…」
 いきなりホログラムに話しかけられたことに驚きつつ、頷く。
 「ならば、この部屋の簡単な説明をしよう」
 ホログラムのクポッ!が椅子から立ち上がった。
 その様子に高度な人工知能が組み込まれていることを知った焔は目を細める。
 「改めて自己紹介をしよう。私は、故・荒らし幕府の将軍だった、北条クポッ!のデータを引き継いだ人工知能だ。そしてここは、界隈で起きた出来事をレコードする場所」
 「レコードね…、随分この界隈にご執心のようだな」
 「まったくその通りだ、未だに逐一、記録を取っているのだよ」
 「将軍は、生きているのか」
 「それはもちろんだ。ただし、北条クポッ!という形では無いが」
 ホログラムの言葉を聞きながら、辺りを埋め尽くすモニターを焔は改めて見る。
 一つ一つが荒らし界のどこかに備え付けられたカメラなのか、中にはGehoo!JapanやFuckin' Kingdom といった有名な場所も映っていた。
 「ふん…、まったく驚くしかないね」
 こうまでして界隈のことを知りたいのかね、と焔が不思議がっているとフェイが操作していた機械から短い警告音が鳴り出す。傍に近寄れば、操作パネルの一部分が陥没し反転したかと思うと、横に長い箱がせりあがってきた。
 「なんだ、これは」
 厳重に封を施されているそれを別の机に移動させたフェイは、中心に付けられている鍵に触れる。
 擬似操作パネルが浮き出してくると、暗証番号を入力するよう求めた。
 「分かるのか」
 「あぁ、覚えていないけど知っている」
 「なんだそりゃ」
 再びちぐはぐなことを言うフェイだったが、彼の指が静かに動くと12桁のとある数字を打ち込む。
 開錠のキーを押せば、短い音と共に箱を閉めていた鍵が外れ、蓋が僅かばかり開いた。
 「……これは!」
 「凄いな…」
 中を覗き込んだ二人は目を見開く。
 そこに在ったのは、長さ5尺もあろうかと思われる大太刀だった。
 柄には見事な装飾が施され、硬く紐で縛られているそれをフェイは恐る恐る手に取ると、紐を解きそっと鞘から抜いてみせる。長い間放置されていたであろうにも関わらず鈍い光を放っている刃は、手入れなどしなくても今すぐに使えそうな程、洗練されていた。
 「これが…、クポッ!が使っていたという大般若長光か」
 資料で読んだことはあるが、実際に見るのは初めてだ、と感嘆したように焔は呟く。
 「だが、フェイ、お前はこれを引き出してなにを……」
 特に争いも起きていない今の界隈には必要も無い、物騒な代物を前にフェイに質問する。
 何を考えているのかフェイが黙り込んでいると、突然、第三者の声が響いた。
 「やぁ、素晴らしい。それがもはや見ることは叶わないと言われていた長光ですか」
 「誰だ!」
 背後からかけられた声に驚き振り返れば、そこには灰色のマフラーで顔を隠したPCが立っていた。
 彼の後ろには、羊の頭を持ち背から翼を生やしている異形のモノ、バグが4体付き添っている。
 「いつの間に…」
 「いい太刀ですね、良かったらそれ、僕に譲ってもらえませんか」
 「嫌だと言ったら…?」
 いくら太刀に気を取られていたとは言え、全く気配を感じられなかった一人と四体の出現に、二人は身構える。と、彼に付き従っていたバグが唸り声を上げたかと思う間もなく、襲いかかってきた。
 「力ずくで貰うまでです」
 「強引なやつだ…!」
 バグの攻撃を避けつつ、フェイは大鎌を転送させようとする。
 だが、己の手の中にある大太刀の存在の気が付くと、口端を吊り上げた。
 「お前らの欲しがる太刀の斬れ味がどんなものか…、その身で確かめろ!」
 下手に避けては周りの機器に被害が出る、と考えたフェイはバグの一撃を刃で受け止める。そのまま身体を滑らし攻撃を受け流すと、太刀を持ち替えながら懐に飛び込み、横に薙いだ。
 まさに、一刀両断という言葉が相応しいだろう。
 音も無く、静かに肉と骨を切断したそれはバグの息の根を一瞬の内に止めた。
 崩れ落ちる身体を見ながら、脇から繰り出されたもう一体の攻撃を蹴りで弾き返すと柄を両手で握り、渾身の力を込めて心臓に突き刺す。肉を貫通し、背から生えた刃を横に動かし、腕ごともぎ取ると痛みに耐え切れなかったのか、バグはその場に倒れこみ、呻き声を上げながら絶命した。
 「まったく、マナーの無いヤツらが増えたもんだ」
 フェイの横で焔は蒼炎を生み出すと、襲いかかってくるバグ目掛けて、放つ。
 矢のように飛んで行ったそれは目の前で爆発すると火の粉を振りまき、目くらましの役割を果たす。バグの動作が鈍くなったところを背後に廻ったフェイが、二体まとめて首を弾き飛ばした。
 「このアンダーグラウンドを巡っている間、監視されているような気がしたが、お前だったか」
 刃に付いた血を手で拭い取り、フェイは言う。
 戦いの最中に向けられていた視線が、最初にGehoo!Japanを後にした時から気になっていた視線と同じことに気が付いたのだ。彼の言葉に、茶髪のPCはニヤリと笑う。
 「さすがに、気が付いてましたか」
 「何の為だ」
 返答次第では、この刀の錆びになって貰うぞ、と大太刀をPCに向けてフェイは問う。
 だが、PCは臆した様子も無く、胸に手を当てると静かに頭を垂れた。
 「将軍亡き今、幕府の無念を晴らせるのは貴方だけです。力を試すような真似をしたことは謝ります。どうか、その力を貸しては貰えないでしょうか」
 突然のPCの変わりようと放たれた言葉の内容に、二人は顔を見合わせた。
 「……、どういうことだ」
 「私も、下位でしたが、かつては幕臣だった者です。ここに、一枚のディスクがあります」
 PCは胸ポケットから一枚のCDを取り出すと、傍にあった機械に差し込む。
 焔の傍にあったクポッ!のホログラムが一瞬揺らめき、先ほどまでとは違った口調で喋り始めた。

 「このディスクが再生されたということは、私の右腕だった彼がここに訪れているという事なのだろう。残念ながら、私のデータは古く、恐らく姿の変わっているであろう君を認識することが出来ない。その為、一人の信頼出来る幕臣にこのディスクを託し、彼がここに訪れた際に再生して貰う事とする」
 事務的な口調で喋り終えた後、ホログラムはデータを読み込んでいるのか動きを止める。
 やがて、再び動き出したクポッ!は、フェイの姿を認めて僅かに笑った。
 「大分、姿が変わったようだが、戻ってきてくれて嬉しいよ」
 「将軍…?」
 一体何が起きるのか、と茶髪のPCに顔を向けるが何も答えない。
 そうしている内に、クポッ!は再度喋り始めた。
 「君を、私の幕臣…、最後まで私を守ってくれた忠臣だった頃の君として、頼みたいことが一つある」
 「何でしょうか」
 慌てて向き直り、一言一句聞き漏らすまいと耳を欹てる。
 「君に、暗黒黙示録の暗黒元帥を、討って貰いたいのだ」
 「それは…!」
 突然の言葉に、フェイは元より焔も驚きを隠せずに叫ぶ。
 「私は、未だにあの戦いを悔いている。もう少し条件が違えば、勝てていたに違いない」
 クポッ!が指を打ち鳴らすと部屋中のモニターの画面が切り替わり、数十人のPCの姿が映った。
 「こいつら…、全員幕臣だったヤツか」
 その中に、見覚えのある人物の姿を見つけた焔が言う。
 彼の言葉を肯定するようにクポッ!は頷くと、フェイを改めて見た。
 「彼らは皆、私の為に散って行った幕臣だ。出来る事なら、彼らの為にも暗黒元帥に一矢酬いたいところだが、私はもはや、この界隈に戻ってくることは出来ない身になっている」
 「それで、俺に暗黒元帥を討て、と?」
 「私の気持ちを分かってくれるのは、君しか居ないのだ」
 フェイの質問にクポッ!は微笑み手を伸ばし彼の頭に置く仕草をすると、触るように動かした。
 「どうか、私と私の幕臣だった者たちの為に暗黒元帥を討ってくれ」
 「将軍…」
 ホログラムで実体を持たないはずの手から温もりを感じたような気がして、フェイは目を瞑った。
 「いつ戻ってくるか、いや戻ってくる可能性の方が少ない俺を、将軍は長い間待ち続けてくれていた。ならば俺は、その信頼に応えなくてはいけないのでしょう」
 たとえ、将軍が俺だと思っているPCの記憶を持っていなかったとしても、と心の中で続けたフェイは、コートの裾を翻すと床に傅き済んだ声で言った。
 「将軍の意のままに」
 「君に、暗黒元帥を討つことを命ずる」
 「御意」
 フェイが立ち上がったの同時にクポッ!のホログラムは消える。
 向き直れば茶髪のPCを目が合った。
 なんともいえない表情をしているそのPCは、一つ一つの単語を確かめるように、言葉を紡ぐ。
 「あなたをGehoo!Japanで見た時から、もしやとは思っていたのです。姿形は少し変わっていますが、纏っている雰囲気はそのままでしたから…、それで後を付けたところ、この幕府に辿り着いてさらには大般若長光すらも引き出していた…」
 「それで、俺があのPCだと思ったのか」
 「えぇ、僕の思った通りあなたはこ…」
 「今の俺の名前は、フェイだ」
 PCが黒死病の名前を口にしようとしたのを止め、代わりに自ら付けた名を言う。
 「お前の名前は、何て言うんだ」
 「僕は、黒姉です」
 ようやく名乗ったPCはペコリと頭を下げると僕も付いていきますね、と両手で拳を作ってみせた。
 それを遮るように、今まで黙っていた見ていた焔が口を開く。
 「悪いが、先に行っておいて貰えるか」
 その言葉に何かを言いかけた黒姉だったが、焔の視線に射抜かれしぶしぶ了承する。
 「分かりました。けど、僕一人じゃ戦力にならないので早目に来てください」
 待ってますね、と言い残した黒姉が部屋から出て行ったのを見計らってフェイに近寄った焔は、首元を掴むと低い苛立っているような声で聞いた。
 「お前、何考えているんだ」
 「……どういうことだ」
 離してくれ、とフェイは焔の腕を取るが、びくともしない。
 「俺は、お前が大般若長光を出した時、てっきり暗黒元帥のところへ行くのだと思っていた」
 だが、お前は将軍の命令で、初めて暗黒黙示録行きを決めたように見えた。復讐をするつもりじゃ無かったら、何の為にその刀を引き出した、と厳しい声色で聞く。
 それに、フェイは話す必要は無い、と言いたげな視線を向けたが、首を掴んでいた焔の手にさらに力が篭ったのに気が付き、苦しげに顔を歪めた。
 このまま黙っていることは出来ないか、と観念して口を開く。
 「黒死病の記録が流れ込んできた時、彼が最後まで悔いていたことがあったのを知ったんだ」
 「ほう…、そりゃ一体なんだ」
 「彼は、将軍にもしもの時があった場合には、将軍の分身である大般若長光を誰の手も届かない場所で葬ることを命じられていた。だが、その命令を果たす前に力尽きてLOSTした」
 「……」
 「だったら俺が、その命令を実行に移さなきゃいけないだろう」
 例え、記憶が無いとしても俺は黒死病だったのだから、と唸ったフェイは焔の手を振り解いた。
 大般若長光の柄を握り締め、彼の目の前に突き出してみせる。
 「……、お前がその太刀を引き出した理由は分かった…」
 黒死病としての最後のけじめを付けるつもりだったんだな、と焔は呟いた。
 だが、と再び険しい表情を作り、フェイに詰め寄る。
 「なら、なぜ将軍の命令を受けた。お前が命令に従って暗黒元帥を討てば、今度こそ「本物」の黒死病になって、後戻りする事は出来なくなるんだぞ」
 「それの何が悪いんだ」
 「お前が、大般若長光を始末しようとしたのは、フェイとして生きる為じゃないのか」
 「違う、俺はそういうつもりじゃない」
 「それなら、どういうつもりだったんだ」
 ガッと互いの首元を掴み、フェイと焔は睨み合う。
 「お前は…、黒死病として生きなくたって良いんだぞ…!」
 資料の中の黒死病は、既にLOSTして登録からも消されている。幾ら、周りがその姿を見て、その名前を呼んだとしても、別人だと言い切る事は出来るんだ、と焔は歯軋りをする。
 それに、焔が自分の存在を心配してくれているのだと悟ったフェイは、手の力を抜いた。
 「大丈夫だ…、俺は、ここに確かに存在している」
 「お前…」
 大般若長光の柄でフェイは左胸を指すと、笑ってみせる。
 「それに、俺が黒死病を捨ててフェイだけで生きたら、彼は二度死ぬことにならないか?」
 そんな酷な真似は俺には出来ないよ、と瞼を伏せながら言ったフェイの姿に焔は言葉を失うと、首元を掴んでいた手を離した。そのまま背を向け、部屋の出口に向かう。
 「分かったよ、それならさっさと暗黒黙示録に行こうじゃないか」
 久しぶりの乱闘だから腕が鳴るぜ、と焔は両手から火炎を生み出し、遊ばせてみせた。



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