焔の出した転送ゲートをくぐったフェイが飛ばされた先は、デッドリンクだった。
 だが、余程慌てて閉鎖されたのかサイトの外骨格自体も残っており、中に入れるようになっている。
 周囲を探ろうと歩き出したフェイだったが、焔が転送されて来たことに気が付いて足を止めた。振り返り、サイトを指差して尋ねる。
 「ここはどこなんだ?」
 「あぁ…、幻影処断っていう昔のサイトさ」
 フェイの横を通り抜けた焔は、特に警戒することもなくサイトの中へ入っていこうとする。
 その様子に、フェイも後に続いて中へ足を踏み入れた。



Good luck on your travel
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#11 幻影処断




 いくつかある部屋には、椅子が数個残されているだけで後は目ぼしいものはなかった。
 「ここは、暗黒黙示録のPCたちに見つかる危険性はないのか?」
 「わざわざデッドリンクに逃げるヤツも居ないだろうよ」
 半分ほど禿げれ落ちている壁を見ながら質問すれば、焔が呆れたように答える。
 その答えに納得したフェイは、近くにあった椅子に手をかけた。
 だが、余りの埃の積もり具合に慌てて手を離す。
 どこから取り出したのか、手にしていたタオルで埃を払った焔が椅子に座り、フェイを見る。
 「さて、これからどうする?」
 直球の質問にフェイは苦笑すると、顎に手を当てて考え込んだ。
 自分が黒死病らしい、ということが分かったのだから、彼に関係する資料を見てみたい、と思う。
 暗黒黙示録のPCに追われている状況では、いくら焔の助けがあったとしても界隈を動き回るのは無謀に近い、とは理解していたが、逸る気持ちを抑えることは出来なかった。
 「出来れば…、黒死病に関係するサイトに行きたい」
 暗黒黙示録のPCに見つからないように移動する方法はないか、と尋ねれば焔は首を横に振る。
 「どうせ奴らがサイトで待ち構えてる」
 「そうだよな…」
 荒らし幕府やFuckin' Kingdomに移動出来ればいいが今は無理だろう。
 「しばらく、ここで待つしかないのか?」
 「まぁ、そういうことだな」
 「どれぐらいだ?」
 「俺が偵察には行くが…、2,3日ってところじゃないか」
 さらりと告げられた言葉にフェイは眩暈を感じて額に手を当てた。
 1分1秒ですら惜しいこの時にそんな悠長に待っていられるか、と心の中で叫べば焔が察したらしい。
 肩を竦めて笑うと、再びフェイの顔を見つめてきた。
 「そんなに、黒死病のことを知りたいのか?」
 「当たり前だ」
 確認するように聞いてきた焔に、きっぱりと答える。
 何を考えているのか、焔はしばしフェイの顔を黙って見つめていたが、やがて椅子から立ち上がるとおもむろに転送ゲートを取り出した。それは普段使っている簡易のゲートとは違い、幾何学的な模様が打ち込まれている上級の転送ゲートだった。
 焔がゲートの脇に付けられているパネルを弄り、何かを設定する。
 「本当なら、部外者は入れちゃいけない決まりなんだがな」
 「何の話だ?」
 呟かれた言葉を聞き逃さなかったフェイは、質問する。
 しかし、焔はその質問には答えずにパネルを弄り続けていた。
 数分後、設定し終えたらしい焔がパネルを格納し、数歩後ろに下がると転送ゲートが動き始めた。
 だが、その動きは簡易ゲートとは違い重く鈍いものだった。
 「これから行くところは、UG全体でも余り知られてない場所だ」
 暗黒黙示録の奴らが居る可能性は限りなく低いが、無いわけじゃない、と続ける。
 「もし見つかったら、俺は攻撃能力が低いから逃げ切れないかも知れない。それでも行くか?」
 「何を分かりきったことを」
 行くに決まっているだろう、とフェイは焔の顔を見ながらゲートへと近付く。
 強い決意が込められているフェイの瞳に射抜かれた焔も、観念したように近寄った。
 「ま、なんとかなるだろう」
 気楽そうに呟かれる焔の言葉を聞きつつゲートをくぐったフェイが、どこかへと転送されて行く。
 遅れて焔も転送され、後には無音の空間が広がるだけとなった。



#12 歴史資料館 へ