2004/02/24(Tue): 艱難、汝を玉にす
春めいてきたなぁと思っていたら、2月ももう終わりじゃないですか。脱糞しかけた。
20歳を超えると感動で涙を流すというような事も少なくなって参りまして、本を読んでも「へぇ」とか「ふうん」とか「ほう」とか思うばかりで御座いましたが、先日『路傍の石』を読んでいたら本当に泣いてしまいました。日本文学史で、人道主義、ヒューマニストなんて形容をされる事の多い山本有三。あまりそういうのが好きでない僕としては、全くの不覚であります。『論語』を読んだ時の感動を思い出しました。
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北条クポッ!氏 以前にも何度か記事になっている、幕府休止後のクポッ!氏の消息。うちの猫板のログとか晒されているメッセログなんかで、休止後もしばしばクポッ!氏を名乗る方が出現していますが、僕の記憶ではこれはある人の騙りだったはず(全部が全部そうではないかも知れない)。
休止直後なら、何となく暗黙の了解的なところがあったけれど、最近は初代幕府以降の住人も増えて、勘違いされる方も多いかと思いましたので、
記事が出たのを機会に一度書いておきました(この記事で引用されている文章はあからさまなので、そう間違える人はいないと思うけど)。
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シキッ!氏のその後 閉鎖後に
サイト跡地がちょくちょく更新されて、復帰間近かと思われたシキッ!氏ですが、そのサイトの方は現在更地。行方知れずかと思われていたところで、足取りが掴めてきました。
たん将軍氏の板に寄せられた
目撃情報では、
破壊王氏の板で、涼宮シキッ!のハンドルで書き込みされている模様。今探してみると、まだ一件発言が残っているみたいです。
それから、
薩摩幕府の島津クェッ!氏がシキッ!氏っぽいという声も。なお、こちらのサイトは現在消えています。その後、
ピキッ!氏の板にシキシキッ!と名乗る方の書き込みがあります。
今後の身の振り方は不明。
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帝国の野望 どっかりメルトの第6話、及びクイズシナリオが
公開されたようです。サイト全体としては、プロフィールやリンクを追加。
上級厨房氏がクランメンバーに加入とかいうお話も御座いましたが、どうなるのかはまだ分からないです(多分お流れ)。とりあえず、リンクどうもです。ヽ(´ー`)ノ
それから、
ドメイン王国ドメインの記事では、
板のやり取り参照。
・ 荒らしサイト The24という妙に熱い荒らしサイトが幕府で宣伝していたので、ブックマーク更新しました(謎。いちいち紹介すると面倒だし、サイトの寿命が縮むので(ゎ、適当に飛んでください。リンク先で起きた事については一切責任を持ちません。(´ー`)
ちうか、ヴァーチャ阿部サイトが大量に粛清されたみたいで、バシバシ消しておきましたyo。総統エージェントとかずっと残ってたとこまで死んでたのでアレです。終わった。
荒らしサイトとともに反荒らしサイト系も見ていたら、以前紹介した
荒らし撲滅委員会(同じ名前のサイトが多い)のコラムで、たん将軍氏と思われる人物が晒されてました(藁。
明暗関連は、謎に包まれているので情報提供者を募集しています。
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死刑制度 あいよと安請け合いしてしまった事を微妙に後悔中。
この記事と猫板のやり取りを受けた予約日記です。死刑制度を語ると、人権とは何か、国家は何の為にあるのか、国家には何が出来て何が出来ないのかという問題と絡んできて、過不足なく書くのは大変そうなので、そちらの問題には深入りしないでサクッと済ませます。
ここではっきりさせておかなければならないのは、死刑制度に纏わる諸問題の根底は、倫理観に繋がるという事です。罪と罰という概念は倫理なしに存在しえませんし、国家の正義についてはいうまでもありません。いや、そうではない、倫理的な問題を離れて、いかに合理的に秩序を保つかとか損得づくの議論もあるではないかという者もあるかも知れませんが、僕は倫理は損得づくの判断(何らかの秩序を保つ為の手段。歴史的には必ずしも最大多数の幸福が念頭に置かれてきた訳ではない)から生まれるものだと言う説を支持しているので、結局のところ、倫理観という事になるのです。ちょっとアレな考え方だと思いますけれど。
さて、そこで死刑制度について整理してみると、
1.
殺人は是か非か
2. 国家は秩序を守る為に国民を殺せるか
3.
秩序を守る為に死刑は有効な手段であるか
という三点が問題になります。
1について、一言に殺人は是か非かと語るのでは意味がないと思われるかも知れない。1人殺せば犯罪者だが、100人殺せば英雄だなどと狂言か皮肉かよく分からないような事も言われるように、実際問題として殺人は場面によって許されたり許されなかったりしてきました。上は国家か個人か、敵か身内かという話でちょっと筋違いかも知れませんが、死刑制度と深く関わりがあるものとして復讐・仇討ちがあり、そうした話が美談として語り継がれているのはご存知の通り。例えば、江戸時代にはお上に届け出れば敵討ちを認めてもらう事が出来ましたし、何よりも名誉や義理というものが命よりも大切であった時代には、容認されるどころか奨励さえされていた訳です。
殺人=悪という倫理観は、極めて個人的な問題であるか全体としての問題であるかの二通りの捉え方があります。前者は殺されるのは苦しい、痛い、酷い、人権の侵害だというところからきていて、後者は他の人々がその殺人についてどのような利害関係を持つかという事です。例えば敵国の兵隊を殺せば英雄になるというのは、後者の視点が個人的な問題としての殺人を超越したといえますし、死刑を容認するのも正にこの視点です。仇討ちは、ちょっと入り組んでいるようで、恐らく、国家の秩序(敵討ちによって犯罪が減るという意味ではなく、精神面で人心の秩序を保つという意味)、イエの名誉と個人の名誉、或いは怨嗟といった、全体・個人両方に由来する視点から容認されます。
死刑反対論者が殺人を絶対悪として掲げるのは、個人的な視点に重きを置いているといえるでしょう。人権や個人という思想が生まれなければ、今の如き形で死刑反対が叫ばれる事はなかっただろうと推測されます(つまり人権に関連した議論として。死刑反対論自体は、それ以前にもある)。
僕個人の思想云々は外に置いて、個人の人権として考えると、今の社会において、やはり殺人は容認されえないといわなければなりません。ただし、これは人は殺される事によって肉体的のみならず精神的・社会的にも傷つけられる、という仮定のもとになりたつ話です。果たして、全ての人間が生きる事を望んでいるのか、生きる事が義務になっていないだろうか、と考えだすと安楽死の話にも飛び火して、また面倒な事になります。何故生きなければならないのかと申せば、結局のところ、国家に奉仕する為に生きなければならないのです(近現代の話)。それは宗教などと混ぜこぜにして語られる事もあるでしょうけれども。全く、人間が生存し続けなければならない理由はなく、生存権が権利であって、生存の義務ではないのは象徴的です。自殺は今でこそ容認されつつありますが、他の人間が死に手を貸すことは許されません(必ずしもそうであるとはいえない。医学の上でいえば、安楽死はフランスとドイツで伝統的に見解が真っ二つに分かれています)。
横道に逸れました。ここでは更に情状酌量・正当防衛の慣習も考慮して、やむを得ない場面を除いて、現代日本において本人が望まない限り殺人は容認されえないだろう、と述べておくに留めます。しかし、本人が望んでいたかどうか、状況によっては書類を残す事も可能でしょうけれど、全ての場面で吟味する事は難しいようです。殺人が起こった背景や動機を論じるのもまた重要でありますが、ここでは省きます。また、個人主義の矛盾を意識的に無視した妥協的な結論に過ぎないという批判もあるでしょう。甘んじて受けます。
さて、2に移りましょう。1では個人対個人を考えましたが、個人対国家においてはどうでしょうか。国家のみが(国民全体の為に)殺人を許されるという考えは、戦争や警察、そして死刑制度の土台となっています。個人の人権や倫理観でごり押しして、個人と国家の行為をごっちゃにするのは、両者の特性を理解していないと言われても仕方がありません。しかし、何でもかでも仕方がないで済ませた結果、どうなってしまうかはそこいらで起こっている戦争で十分お分かりのはずです。
僕の正直な感想を述べてしまえば、死刑が廃止になるか否かは大した問題ではありません。国家が場合によっては人権を制限出来る、という考え方と生存権だけは何があっても制限出来ないという考え方が対立している以上、死刑が廃止されるか否かという問題は、丁度綱引きの真中のリボンがその時どちらの陣地に入っているかという程度の問題に過ぎません(ただし今のところ、死刑廃止した国が再採用する例は少ない)。つまり、どちらの極端をとってもうまくいかなくて、且つ両者を超越したような革新的な案が提出されない限り、絶えず揺れ動く不安定な問題だろうという事です。自衛隊派遣で紛糾する国会を見ても、同じような感想を抱かざるを得ません。ただし、これ自体は些末な事柄ですが、積み重なって急速にどちらかの極端に走ったりする例もしばしば見受けられます。だから、みんな必死です。
(安易に首肯しかねますが)日本は徐々に右傾化が進んでいると言われます。ならば、僕は死刑制度反対しておこう。その程度の問題です。まとめると、2については、(現状では)状況によっては国家が個人を殺す事も許される、という事になります。勿論、日本は戦争放棄していますから、戦争行為による殺人は除かれます。ただし、それによって国民が守られる(国家が守られる、のではありません)のならば、という但し書き付きで。そこで、3の死刑制度は本当に国民を守る事になるのかという問題に進められます。
ここまで読めばお気づきでしょうけれども、上で僕がどちらでも良いと吐いたように、全て状況によりけりだという曖昧な結論に終わってしまいます。実際、そのくらい微妙ではっきりと断じ難いからこそ議論が起きる訳で、自明の理であれば僕もわざわざここで苦りながら戯言を垂れ流す必要もなかったのでした。
何だか、k3の野郎だんだん疲れて投げやりな文章になってきやがった、と思われるかも知れません。投げやりなのではなくて、憤っているのです。より安定した生活と力を得る為に、集団生活の形態を変化させていった人間が、その集団生活を維持する為にこんな細かい問題にまで立ち入ってグダグダと論じなければならないのです。実に因業ではありませんか。ああ、本当に腹がたってきた。そもそも、問題設定自体が抽象的過ぎるような気がする。
それはさておき、犯罪者に死刑を与えるというのはどういう意味があるのでしょうか。犯罪者の死刑がショーとなっていた時代、それは一種の儀式でありました。生を高揚させる祭儀としての遺風を残しながら、宗教的な意義、権力の象徴、復讐の代行、社会秩序の維持といった様々な要素が付加されます。実際のところ、罰として苦痛を与えるという点では、拷問がメインで、殺す事自体は象徴的な儀式であると捉える事が出来るかも知れません。
少なくとも、今の日本で死刑は密室の出来事です。ただし、マスコミによって晒し者としての効果はある程度形を変えて残っていますけれど、死刑が本来持っていた、生と死の交差・混交という原始的な儀式性はほとんど失われています。つまり、死刑に残っているのは、大方がその象徴的な意義だという事です。
社会秩序の維持、権力の象徴、宗教的な意義、と申しましたが、最後の一者を除いては、それが統計的に見て、どれだけ効果があるかというところは二の次です。だから、「象徴的」なのです。そこで死刑の存続は、死刑によって象徴される概念が今現在どれだけ求められているのか、という一点に掛かってきます。
僕は今結論を述べなければならないのですけれど、どうしても結論を出せませんでした。何故かというと、今の日本の国民が象徴にどれだけ精神的安定を得ているのか、それを知る事が出来なかったからです。この点については、更なる調査を待たなければなりません。
なお、現在世界で約半分の国が死刑制度を廃止しているそうです。そこで、俺漏れもと行くのでは、全く考えが足りないのだという事は、上で述べてきた通りです。
あと、死刑廃止によって犯罪率にどのような影響が出るかについて、国連に提出された調査書では、「統計の数字が以前と同じ方向を指し続けているという事実は、死刑に依存することを減らしたとしても、各国は犯罪曲線が急激かつ深刻に変化することをおそれる必要はないという説得力のある証拠である」として、死刑廃止が犯罪率上昇には直接繋がらないという報告がされているそうです。
更に詳しく知りたい方は、死刑制度を巡る
文献リスト(和書)があったので参考にされると良いでしょう。
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何故か奥菜恵にワラタ# バレンタインネタが果てしなく続く
AFA氏スレ。前半のまとめ(39)も参照。
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たかタソ氏どこ行った?
2004/02/16(Mon): 照見五蘊皆空
なまはげの単位は「匹」だと知ったトリビア。
ようやく板のログあpしました。一年分くらいたまってた。
名前は要らない。駄目管理人と呼んで欲しい。
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どっかりメルト プレイしてないのに、日記でとりあげるのは3回目です。いかがなもんでしょうか。
ニュースで出ている通り、第4話「室町幕府と暗黒幕府」、第5話「暗黒幕府の魔力」が配信されました。また、
専用の板も設置されています。烏合の衆という言葉がありますが、見ず知らずの人間が集まればトラブルはつきもので、このゲーム関連でもIRCやら何やらで揉め事が続いている様子。
とりあえず、この心理学専門家は学位返上した方が良いマジレス。てか、いつもながら、突然専門家が現れますね。。
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@ココス諸島に抗議 変更履歴「2004/02/01
休眠アカウントの整理を行ない、受け付けを再開しました。」とあり、既に一度垢を消されていましたが、また、重複アカウントで消された(んですよね?)ピキッ!氏が
ココスを弾劾。上級厨房氏や祗園氏らも同調されています。ただし、実力行使などの予定は今のところないようです。
重複アカウントや面倒なサイトが削除されたり、サーバー障害やアカウント削除に伴うファイルの消失が保障されないのは大抵のサーバと同じと同じ条件だと思いますけどね。僕には、比較的自由が許されている事と個人管理である事につけこんでいるようにしか思えないなぁ。
と擁護してみた(藁。
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戦う掲示板 あたらしき掲示板関連で、IP詐称については
記事を参照。あと追加で、こんなIPでもアクセスしていたみたいです。
k3ありがとうね〜 投稿者:堺筋本町 投稿日:02月16日(月)07時42分12秒
[Master]
>Stormもありがと〜ね
今日の初笑いログ
1.1 daitokai.jp - -
Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT
5.1)
詳しく書かかへんけどdaitokai.jp串が断りも無く出来とる
笑った
プカ〜
今現在アクセスするとひゃら板になっていますが、掲示板の書き込み状況などを判別して自動で制限レベルが変わるひゃら板に組み込まれていた機能と同じような感じで、赤青黄色と変化する模様。
・
自殺クラブ 小野寺氏の精神状態が
来るべきところまで来た。
(No Subject)
Name:小野寺 @MAIL Date: 02/15 Sun
05:53:14
マジで死にたいから、だれか殺してくれないか?
苦痛を伴わず、死んでから金を請求されない方法で殺してくれる人いたら
メールよこしなさい
もう限界がきているのに死ぬ勇気がない
生きるのが辛い
人助けだと思って殺してくれ
steel_rf@tg8.so-net.ne.jp
殺してくれなんて言ってるうちは平気だというような話も時々聞かれますけども、死ぬ時はアッサリですからねぇ。執着を棄てて、一線を踏み越えられるか否か。そんなポンポン踏み越えられても困る。
・
破壊王の人 モーヲタサイト潰しまくりの期待の新人、こと破壊王氏。色々と頑張ってらっしゃるようです。モー娘サイトもよく狙われますね。最近でも、keny氏とかピキッ!(当時足利義満)氏とか反モーニング娘。同盟とか。
で、へぇとか思って見てたら、
別の荒らしサイトで晒し者にされていました。へぇ・・・・・・。
#
たん将軍の板撃たれてますよ。あとネスケで見ると(略
2004/02/10(Tue): 死んだ言葉
あまり目出度くない事がありまして、実家に行って参りました。道中にて富士を拝謁。二月ですから、北斜面は真っ白です。「来て見れば、聞くより低し富士の山、釈迦も孔子もかくやあるらん」なぞという文句がありますが、大抵の山は近く迄行って見ると、広い裾野がどっかりと据わっておるので、思い描いていたよりも低く見えるように思われるので御座います。そう頂が雲に霞む程そそり立っていては、鑑賞に耐えないので、それは結構なのですが、あの火山独特の形状、僕なぞは何か奇しなものが大地から隆起しているように思われて、不思議な感じが致します。
終始眠くて仕方なかった。この前後、怪しい人に絡まれて、不毛な作業に追われていました(謎。
・
闘士の人 間宮氏のサイトしばらく消失していましたが、es氏が
Alma
Chinanを開設。戦略的ネタノートのネタは、多く、他サイトの掲示板等でも転載されているものですが、個人的に楽しみなアレです。ハバネロが北朝鮮のパロっていうのは面白かった。
銃社会と盾社会という文章で思ったのですが、一体、何に対して「強」くて「最強」なのかという事。また、銃と盾というのは象徴であって、銃は武器全般として捉えなければならないとか、ネタにマジレスかも知れませんけども。で、以下関係ない戯言。
銃社会の起源を開拓者精神に求めるならば、共同体は銃社会から保守の段階の盾社会に移行すると言えるかも知れない(ただし、ここでは「社会」という概念、あるいは「社会的」なる概念を厳密な意味で用いない事にします。共同体、集団程度の意味で考えます。こっちもまた面倒な概念ですが)。銃社会と盾社会は、個人が身を守るのか集団が身を守るのか、という違いで、外敵から身を守るという観点からすると本質的に相違はないように思われます。つまり、両者を区別するのは個人を中心とした視点であり、この区別立て自体が個人主義のコンテクストの中で生まれたものであると言えるかも知れません。我が我ではなく、集団の構成要素に過ぎない世界において、このような区別をするという発想は生まれ得ません(このような区別や発想が、近代的なものであるという事を言いたい。古代における個人は、人間同士の関係が密でなくとも、自然の中の一部に過ぎなかったからです)。
移行すると述べましたが、これは拡張や外部からの影響、あるいは内部腐敗(集団の構造自体に端を発する矛盾や人的要因が考えられる)による共同体の崩壊によって、周期的に繰り返されるものである可能性があります。個人という発想が、その民族の環境によって規定される(例えば、過酷な環境下で生まれた宗教であるとか、豊穣な自然に育まれた文化といった言説)というような考え方は一種の唯物論、環境決定論として、現代では決定要素の一つに過ぎないと言われます。また、環境にどれだけ左右されるかは、人間がどれだけ環境に依存しているか、克服しているかによって変わってきます。稲は亜熱帯の植物だけれど、日本の寒冷地帯が穀倉地帯になっているのは何故だろうか、とそういう事です。その時代の技術によって、人間は必ずしも自然には左右されない事もある(ここで用いた環境という言葉は狭義のもので、自然環境を指します)。
だから、現代において、個人が身を守らなければならなくなっているという状況は、自然環境以外の要因も念頭におかなければなってきます。個人・集団という観点から見れば、周期的な変化かも知れませんが、その間に構成要素は変化していきます。個人主義・実力主義の理念が受け継がれていったとしても、それがどのように人々に理解され受け入れられていったかも、変っていくという事です。ここで、我々は都市における人間関係の希薄化を現代社会の銃社会化の要因の一つとして挙げなければなりません。
まとめてみると、
・
関係性によって、銃社会と盾社会は決定される
・ 関係性は人間と自然両者に対して成立する
・ 社会構造は変化していく
・
自然の克服によって、人間は自然との関係が希薄になる
・
共同体の肥大化によって、人間同士の関係が希薄になる
後戻りは出来ないようです。
あと、間宮氏関連で、
闘士リストも参照。
# 加筆
# 4については些か単純に過ぎると認めざるをえません。
#
人的紐帯が疎になるという現象は、精神面からのアプローチが十分になされなければなりません。
・
たん氏と小野寺氏 前回にもお伝えした、
たん氏vs小野寺氏の続報。
晒されている
メッセログによると、タイマン(族云々言ってる時点でタイマンじゃないような気がするけど)の約束がありましたが、実現しなかったようです。タイマンまだぁ?と書くと教唆とか言われるので書きません(藁。
つか、案外仲良さそうじゃないですか。
たん氏は、テキストサイト撲滅運動も展開されておりますが、2の
スレは過去ログ行きになってますね。そっちはタイトル忘れちゃいましたけど、現行の
☆テキストコンテスト☆スレも参照。
・
どっかりメルト 第3話、「激震、Fuckin' Kingdom城」が
公開されています。とおりすがりの方が
1・2話の感想書き込みもされています。
ゲームっていえば、Storm氏のノベルゲームシステムが完成したら、誰かこの辺のネタでゲーム作成してくれませんかね。面白いと思うけど(シナリオならまだしも、グラフィックやサウンドが大変か)。ちなみに、Storm氏の自宅鯖は
3月復活予定らしいです。
・
ジャニヲタ釣りサイト 祗園氏がまた
ジャニヲタ釣りサイトを設置。「Arashi Sexy
Gallery」をクリックすると厨房ホイホイに誘導されIPが抜かれるらしいです。
嵐ってどうよ。
・
ひゃら板閉鎖の真相 と題して、各地に
URLがばらまかれています。
とりあえず、コメントはなしで。
#
青山さん(ρ_;)
#
神聖FATE帝国。あまり関係ないけど、マンボウよりバグースの方がイイと評判。
# ピキ氏
垢移動。メールアドレスで判定されるようです。
2004/02/02(Mon): 要約するとガンスリが面白いって事
うぃっす。
試験やら何やら終わったので、好き勝手暮らそうと思います。更新とかも近いうちやります。とかずっと言ってますけど、今度こそやるのですよ。マジでマジで。
しばらく念入りにヲチできなかったので、ブクマク更新がてらにフル巡回もします。去年の一月はストレスで買い物しまくいましたが、今年は飲めない酒を飲みまくってしまった。しかも、ろくでもない場所で。
もう、ね。
Linux+Sambaをグジグジいじってたら、おかしな挙動を連発してむかついてきたので、NTか2000に乗り換えますshit。M$嫌いでUNIX大好きでマクは漢字Talkから使っていた典型的なPCヲタの方がいたら僕をサポートして下さいお願いします。
この後出かけるので、短めにいきますよ。
・
蝦夷戦争 小野寺氏の動物虐待ネタから
絡んで、啖呵を切ったたん将軍。両者は地理的にも近いそうなので、リアルでの激突が懸念されます。それを前提に話が進んでいるようで、進んでいません。
いかに面白い口上を述べられるかという勝負。
というか、たん将軍は、
油嘗めるのに忙しくてそれどころじゃなさそうです。
あの二人がリアルで会ったら、微妙に気が合いそうな予感がしますよ。
・
メルトダウン帝国物語 板が消えた後、帝国建設話も自然消滅したと思いきや、
全く別の舞台で登場。
何の話かわからなかったけど、
記事によると、ゲームのシナリオみたいです。今現在では、「第1話:旧メルトダウン帝国の残党」と「第2話:強襲storm」が
配布されています(サイヤ人?)。ゲーム持ってる方は、レビュー木彫り。
サドンストライク2って、アレですね。戦争のゲームなんですね。こういう事には疎いので、馬鹿の人みたいなコメントしか出来ない。(;´Д`)
しかし、
稼働環境見てたら、「CPU:Pentium®��333MHz [Pentium®��500MHz推奨]
」とか「NEC製PC-9821シリーズでの動作保証いたしません。」とか隔世の感が。最近のゲームって大抵こんな感じですか。うちのメイン機だと、3Dとか妙にぎこちない動きするから、GBだけでも買い換えようかしら。起動時にGBのファンが異音たてるし、ほぼ無音で無駄な部分がハイスペックなだけで実践には役に立たないヲタ仕様だし。あまり関係ないね。(;´Д`)
・
荒らし政府 暗黒冥府が予告通りどっか行っちゃって見失っているので、行き先知っている方は良かったら
糞にでもura貼り付けてくださいお願いしますお願いします。
で、(゚Д゚)
前回も少し触れた
荒らし政府が誕生したそうです。公開は三月中旬予定。未だに実態がよく分からないDSとか、微妙に興味があるので、期待して待ちます。熱いノリが好きなんで(笑。
南条ってどこかで聞いた事あるようなアレですね。。
・
AFAがやってきた 「ちょっと学校がいそがしくてやって」たAFA氏が
再光臨したようです。バレンタインって、もう二月ですか。早過ぎる。
降臨してめでたいとかそういうのは、それで良いとして、AFA氏ってイカニモ誰かさんの自演ぽいけど、どうなんですか。この話題今更って感じですかね。でも、確か前に、XG氏が否定されていたような気がするし、何かもうどうでもいいです。
・
上級厨房氏の抗議活動について 上級氏から、日記で触れないとタイに売り飛ばすみたいな事言われたので、何か書いてみます。上級氏の抗議活動って、一年以上やっている(ターゲットは変わりつつありますが)ような気がするんですけど。多少期間を空ければ、それ以上。余程、精神形成上重大な出来事が関係しているんでしょうね。マジレスっぽいので、こういう話はやめましょう。
えーと、現在進行形なのは、キャプチャ系を中心とするアニメサイトへの抗議ですか。ネタバレUZEEEEとか掲示板閉鎖とかいろいろあったらしいです。放蕩オペラハウスについては、
Storm氏がまとめコンテンツを作られるとか。ちなみにStorm氏は、例のノベルゲームシステム、2月には完成、3月中にサンプルシナリオをあげて
メンバー募集される予定らしいです。
頃日、上級氏自身は熱で倒れていたそうですが、ゆかり氏に「偽者については、上級厨房さんがいつもの自作自演をしてるんじゃないかと思います。」とか
言われててフイタ。上級厨房氏関連では、個人的にこれがハイライトでした。おわり。
・
キキキ氏 確か、うちのチャットでも見かけたような気がする
キキキ氏関連のスレ。何かモメてるようです。いかにもモメそうな空気はプンプン漂っていますけどね。ネタだとしても。
哲学というより、僕は詩人だと思います。詩っていうのもまたワカランですな。特に最近の自称ポエマーは。
#
StormNEWSのSecret Diaryとか今更存在に気付いた。(´Д`)
#
もう一度観たくなってきました。
#
詳細まだぁ?(ワラ
#
Misty Valley Board配布。