己の存在意義を賭けて、武器を振るう。 互いの信念がぶつかり合い、鈍い音を立てる。 既にスタミナが切れて攻撃スピードが落ちているk3を、ネットポリスのPCが二人がかりで襲う。 まだ死ねない、と一人の腹に連撃を叩き込んだはいいが二人目の攻撃に対応しきれず、肩に深い傷を負った。k3の手から、武器が零れ落ちて動きが止まる。 「これで終わりだ!」 「ここまでですか…」 頭脳派の自分にしては頑張りすぎるぐらい頑張ったじゃないか、と己を納得させつつ、最後の一撃をk3は待つ。だが、相手の武器がk3に届く前に、その身体からは$2が繰り出した刃が生えていた。 「諦めるなんて、あなたらしくもないな」 貫通した刃を引き抜けば、血が溢れかえって$2の顔にかかる。 「……すいません、助けられました」 「気にするな」 それを拭おうともせずに、次の相手に向かって走り出し始める$2にk3は声をかける。 「$2氏、フェイ氏はどこへ行ったんですか」 「知るか。どこかに強制転送されてそれっきりだ」 荒らし界隈側は残り21人。ネットポリス側は残り11人。 どちらが残るかはともかく、決着が付くのは時間の問題だった。 Good luck on your travel 「……ぐっ」 ようやく意識を取り戻し、痺れる身体で何とか立ち上がった水無瀬は、焔たちの元に駆け寄った。 だが、そこに居たのは焔だけで、奇襲荒死と高城の姿は見えない。 「焔、何があったんだ…」 「……、すまない…」 抉れた腹の傷を自己修復している焔に聞けば、謝罪の言葉だけが帰って来た。 一体何が起きたんだ、と訝しがれば突然、足首を捕まれる。 「うわ…っ、高城!?」 「まさか、この僕がこんな傷を負うとはね…」 驚きよく見れば、彼岸花の色と紛れるように満身創痍を通り越し、プログラムを維持しているのが不思議な位の身体の高城が転がっていた。彼は、憎々しげに呟く。 「メギドを守る為に、彼が自爆したんだよ」 「な…!」 その巻き添えを食らってこの有様だ、と続ける高城の言葉に、水無瀬は呆然とした。 「そんな…、奇襲さんが…」 嘘だろ、と焔を振り返るが彼は俯いたままで何も言わない。 それに事実だと悟った水無瀬は、低く呻くと曲刀を作り出し高城に突き付けた。 「その死で償って貰おうか」 「この身体で生かして貰ったって、どうせ生き地獄だからね」 やるならどうぞ、とヘラッと笑った彼の首を水無瀬は勢い良く弾き飛ばした。 御堂岡の相手をしている偵察部隊と上級厨房は苦戦していた。 二人がかりの攻撃もことごとく鉄球に弾き返され、防戦一方となっている。 「……くそっ」 「随分息が上がってるみたいだな」 彼らの額から零れ落ちる汗に気が付いたのか、ニヤリと笑った御堂岡はさらに攻撃の手を強めた。 「そろそろ終わりにしようか!」 「まだだ!」 直径10センチはあるガラス珠を数十個、偵察部隊は体の周囲に浮かべると渾身の力を込めて放つ。だが、それは呆気なく鉄球で防がれると、勢いを落としながら彼岸花の花群の中に落ちていった。 「やはり、期待外れか…」 あの時、俺を傷付けたから少しは楽しみにしてたんだがな、と呟くと地面に鉄球を打ち込んだ。 何をするつもりだ、と偵察部隊が身構えるより早く地面にひびが入り轟音と共に割れる。 とっさに空中に飛んだところで、もう一個の鉄球が目の前に迫ってきているのに気が付いた。 「空は身動きが取れなくなるからなぁ?」 「……この野郎…っ!!」 地上の御堂岡を、偵察部隊は憎々しげに睨み付けて舌打ちする。 鈍い音と共に鉄球が彼を直撃しようとした瞬間、上級厨房が飛び出して来て身代わりになった。 「上級!?」 骨の折れる低い音が辺りに響き、偵察部隊は顔を歪める。 墜落するように地面に落ちた上級厨房に偵察部隊は駆け寄ると怒鳴った。 「助けろなんて言ってないだろ!」 「うるせぇな…、あの時の借りだよ」 てめぇに借りを作りっぱなしなんて、冗談じゃねぇからなと笑う上級厨房は、元々、御堂岡から負った傷がまだ癒えていない身体で無理をして戦っていた。その状態で、あの攻撃を食らったのだから気絶してもおかしくは無いというのに、強がる彼に呆れ果てる。 同時に、身代わりになってくれたことに感謝して手の内にあったガラス玉を強く握り締めた。 「とにかく、じっとしてろよ」 あいつは俺が殺す、と偵察部隊は笑っている御堂岡を睨み付けた。 その一方、黒揚羽とXGの戦いは勝敗が付いたらしい。 「くっ……」 両手足の腱を切られ、動くことすらままならなくなったXGはその場に崩れ落ちる。 肩で息をして、彼を見下ろしていた黒揚羽は思い出したかのように上月、と口内で呟くと、暗黒黙示録勢の奇襲を受けてからピクリとも動かないPCに駆け寄ろうとした。 だが、その行動は足に絡みついたXGのワイヤーで止められる。 「まだ、俺は…、死んでないぞ…」 「……貴様」 土を掻き握りつつ必死に言葉を紡ぐXGに、黒揚羽は不快感を露にした。 足元のワイヤーに舌打ちし、せっかく手加減してやったのに、と地面に伏している彼の前まで戻ってくると手刀を振り上げる。 「そんなに死にたいのなら、望みどおりにしてやるよ」 「俺が死ぬなら、てめぇも道連れだ」 「なんだ…!?」 高速で振り下ろされる手刀を前にXGは笑みを見せると、いつの間に仕掛けていたのか、鋼鉄のワイヤーで結界を張り巡らせる。下手に動けば肉が削がれる状況に、黒揚羽は手刀を止めた。 「往生際の悪いヤツめ……」 「はっ、褒め言葉をどうも」 「動きは封じられたが、貴様も動けんだろうが」 このまま、睨み合い続けるのか?と嫌そうに言った黒揚羽をXGをまさか、と鼻で笑い飛ばす。 「言っただろ、道連れだって」 ぐっと腱が切られたはずの手足で立ち上がったXGは、なぜ動ける、と驚く黒揚羽を尻目に手を伸ばすと肩を掴みふてぶてしく笑った。 「たまには、やる気があるところを見て貰わないとな」 「……貴様、まさか!」 彼が何をしようとしているのか察した黒揚羽が突き飛ばそうとするが、どこにそんな力が残っていたのか、掴んでいる手の力を決して緩めようとはしない。 「もう遅い」 こいつは愛着があったんだがしょうがねぇな、と呟いたXGはPCを破棄した。 「XG…!?」 少し離れた場所で出現した自爆の光に、さっきまでその場に居たPCの姿を神薙は思い浮かべる。 まさか、と思い確認しようと目を向ければその隙を突いて、安東が大砲の砲身で殴りかかってきた。 「な!」 そう来るとは思わず、防御が後手に回る。 殴られるのを覚悟して歯を食いしばったが、彼の前に誰かが滑り込むと、代わりに攻撃を受けた。 思いもよらない人物の出現に、思わず叫ぶ。 「暗黒元帥!?」 「……っう、これは、効きますね……」 衝撃に耐え切れず、肩膝を付いた暗黒元帥に安東は追撃なのか大砲を撃つ。 彼が自力で逃げられる状況では無いことを知った神薙は、悪いな、と一言かけると暗黒元帥を背負い空に飛んだ。背後の爆音を聞きながら着地した神薙は聞く。 「あんた、なんで俺を助けたんだ」 「一時期、共闘したことがあったからですよ…」 「それだけの理由でか?」 「私にとっては十分過ぎる理由です」 「そうか…」 その答えに微かに笑った神薙は暗黒元帥を降ろすと、破損した肩を自己修復しているk3に近寄る。と、そこにdarkdarkや八咫烏、$2など、他の生き残っているメンバーも集まってきた。 「まさか、あなた方がここまでやるとは思いませんでした」 「それは、こっちの台詞だ」 aaa.comと戦い、満身創痍のしばが憎らしげに言う。 それに返すaaa.comも既に何箇所か深い傷を負っていた。 「すいません、aaa.comさん。僕はもう……」 「分かってる、喋るな」 一目で重傷だと分かる傷を負っているk3にaaa.comは黙るように言う。 焔と水無瀬が手分けをして破損者の修復に当たってはいるが、皆の傷は重く、あとどれぐらい持つか分からない状況だった。対して、ネットポリス側はまだ十分戦えるPCが残っている。 劣勢の状況に天を仰いだaaa.comは、ここまでか、と小さく呟いた。 風の音にすらかき消されてしまいそうなほど小さかったにも関わらず、彼の言葉を聞き漏らさなかったしばは口端を吊り上げる。 「ようやく、観念しましたか」 「悔しいが、そうらしい」 双剣を構えて勝ち誇ったように言うしばに、aaa.comは苦笑してみせる。 「悪いな、お前ら…」 仲間に背を向けたままで、彼は謝る。 一人一殺の作戦を提案したのは、aaa.comだった。 自分の能力なら2,3人は倒せるだろう、と踏んでいただけに、しばすら仕留められずに重症を負ってしまったことに申し訳なく思う。その上、勝ち目の薄いところまで追い込まれてしまった。 一体、お前らはどんな目で俺を見ているんだろうな、と自嘲気味にaaa.comが背後を振り返れば、意外にも、界隈のPCたちは一様に清々しい顔をしていた。 「何言ってるんだか、ここまでやれれば十分だよ」 「私達が死んでも、また界隈は復活することでしょう」 「あー、なんかアレだよ、何とか死んでも自由は死なず、ってヤツ?」 「それをいうなら、板垣死すとも自由は死せずですよ」 思い思いの言葉を口々に喋る彼らの姿にaaa.comは目を細めると、だから、守りたいと思ったんだけどな、と苦笑する。そんな彼を気の毒そうに見ていたしばだったが、手を上げると安東を前に出させた。 「ここまで互角に戦ったのです、せめて苦しまずに一撃で送ってあげましょう」 「お気遣いどうも」 砲身を構える安東を前に、荒らし界隈側のPCは覚悟を決める。 「また、ここで会いましょう」 誰が呟いたのかは分からなかったが、その言葉に皆は頷いた。 「姿形は同じでも中身は違う、けど心は一緒なのだから、皆さんまた同じPCで戻ってくるでしょ?」 にっこり笑った八咫烏に、焔が当たり前だ、と返す。 「そろそろ、いいですかな」 しばが振り上げた手を降ろせば、大砲から渾身の一撃が放たれた。 凄まじいエネルギーと質量を持ったそれの威力を想像したaaa.comは、データの破片も残らないな、と苦笑すると、天を仰いでそっと目を瞑る。 その時だった。 「まだ、終わらない」 戦場に凛とした声が響いたかと思うと、安東の放った一撃とaaa.comらの間に黒い円のようなものが出現し、膨大なエネルギーの塊であったはずのそれを軽々と飲み込んだ。 「……なっ!!?」 「なんだ!?」 ありえないことにその場に居た誰もが固まり、声のした方に視線が向けられる。 「私の知ってる荒らし界というのはこんな軟なものじゃなかったと思うんだけどね」 少し離れた場所に、男と女のPCを一人ずつ従えて、その声の主は居た。 風が靡き、彼岸花が揺れるのと同じに彼の髪も揺れる。 「……バカな…」 声の主を誰だか理解したしばの口から、掠れた声で言葉が零れ落ちた。 「なんで、なんで貴方がこんなところに居るんですか!」 何年も前に自分が倒したはずのPCの出現に、暗黒元帥は声を震わせて問う。 と、空間の一部が歪んだかと思うと、そこからフェイが吐き出されてきた。 何とか無事に着地し辺りの様子を伺う彼の前に居た人物に、思考は停止し、目は見開かれる。 「将軍……?」 強制転送から戻ってきたフェイの目の前に居たのは、荒らし幕府で会ったPCだった。 姿形こそ多少は違うものの、その場にある存在感はまさしく故・荒らし幕府の初代将軍だった北条クポッ!そのものだった。 |