インターネットの法を守る治安部隊、ネットポリス。 その本部の最高責任者は第7次派遣が失敗に終わった結果を聞いて、歯軋りした。 「今すぐ第8次派遣の準備をしろ」 「今すぐにですか?」 「あぁ、そうだ、このまま引き下がれまい」 既に戦力が落ちている荒らし界隈を狙えば今度こそ潰せるはずだ、と指示を飛ばす。 だが、指示を受けて慌しく動き始めたメインルームに突如、男の大声が響いた。 「悪いが、そうは行かない」 驚いたPC達が周囲を見渡せば、いつの間に現れたのか白髪灼眼のPCが局長と向き合っている。 「なんだね、君は」 突然の来訪者に眉をしかめた局長に、そのPCは申し訳ないと頭を下げた。 次の瞬間、手から水の長剣を作り出すと、彼の首元にピタリと押し当てる。 「な…!」 「局長!?」 想像だにしなかった事態に、メインルームに緊張が走った。 「貴様、今すぐにその武器を降ろせ!」 数人がホルダーから抜いた銃を白髪のPCに向けたが、彼はまったく臆した様子も無く、むしろ撃って構わないぞ、という風に手を広げて見せる。それに、まだ若い血気盛んなPCが引き金を引いた。 考え無しの行動に、傍に居た男が叫ぶ。 「バカ!局長ごと撃つ気か!」 だが、男の心配も杞憂に終わった。 乾いた音と共に発射された銃弾は白髪のPCの身体に辿り着く前に、舞い上がった風の壁に弾かれると、床に落ちて転がったのだ。 「なんだと…!」 「なんだ、こんなものか…」 何の媒体も用いずに簡単に風を作ってみせる白髪のPCの実力に、その場に居た誰もが戦慄する。 期待外れだな、と呟いた男はポケットから煙草を取り出して火を付けると、デスクに腰かけた。 「局長さん、今日はあんたにお願いがあって来たんだ」 「お願いだと…?脅迫の間違いじゃないのかね」 「……まぁ、そうとも言うな」 首筋に剣を突きつけられているというのにまったく怯まない眼力に、さすがはネットポリスを纏めている人物だけのことはあるな、と男は感心する。 「それで、君のお願いとやらはなんだね」 「あぁ、しばらく荒らし界隈に関わらないで貰いたいんだ」 この先、一生なんて無理なお願いはしない。ただ、荒らし界隈が立て直るまで関わらないで貰えるだけでいいんだ、と言った男の言葉に局長は低く笑った。 「もし、私がそのお願いを断ったらどうするんだ」 「そうだな…、そうなったらネットポリスを潰すと思う」 「そんなことが出来ると思ってるのか」 「俺なら、やるぞ」 睨み合った白髪のPCと局長との間で無言のやり取りが続き、周りのPC達は固唾を呑んで見守る。 やがて、折れたのか目を逸らした局長は、第8次派遣の話は無しだ、と宣言した。 「悪いな、感謝する」 局長の言葉に長剣を収めたPCは、何事も無かったかのようにメインルームをあとにしようとする。それに何人かのPCが彼を捕らえようと近づいたが、局長に止められた。 「いい判断だ」 本部のど真ん中で死人は出したくないだろ、と薄く笑ったPCはどこか別の場所へ転送されて行く。 彼の姿が消えると、今まで沈黙を保っていたPC達はいっせいに騒ぎ始めた。 「……局長!」 「なんで黙って行かせたんですか!」 確かに相当の実力の持ち主でしたがここの全員でかかれば捕まえることは出来たはずです!と言う若いPCに局長は苦々しく首を振ると、そういうレベルじゃないんだ、と言う。 「まさか…、生きているとは思わなかった……」 あの纏っていた闘気と技術能力は間違いなく、アンダーグラウンドの存在を表の世界に知らしめた、アリス・リデルのものじゃないか、と記録の中でしか見たことが無かった人物の出現に、局長は吹き出てきた汗を拭きながら呟いた。 Good luck on your travel |