「hoarfrost」





自分の国にはこんな空は無かった。
前にいた国にもこんな空は無かった。
新しい国に行くたびに、新しい空を見上げる事となる。
それは喜ぶべき事なのか、それとも悲しむべき事なのか。
からっぽの心で空を見上げても何も分からないままだった。



まだほのかに肌寒い春先の明け方、aaa.comは一人庭園へと出て空を見上げていた。
辺りは未だに少し薄暗かったが、遠方の方が微かに朱に染まってきていた。
「aaa.comさん。」
不意に後ろから声をかけられ振り向くと、そこには羽根の扇を持った男が一人、廊下に立ってこちらを見つめて立っていた。
「k3・・・。」
自分の名を呼んだ男が誰かを知り、aaa.comは少しだけ安心する。
ここの国は決して居心地が悪い訳ではなかったが、特異な自分を見る周囲の目はやはり冷たいものだったからだ。
名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、k3。と呼ばれた男は微かに笑うと、扇の陰に自分の顔を隠しながらゆっくりと廊下から庭園へと降りてきた。
「まだ寒いじゃないですか、風邪でもひいたらどうするんですか。」
そう言ってaaa.comの数歩横まで近づいた男、k3はいつの間にか手に持っていたのか、やや厚さのある布生地の羽織物をそっとaaa.comに手渡した。
「・・・悪いな。」
k3の心遣いが分かったのか、aaa.comはややすまなさそうな顔をしてその贈り物を受け取ると、バサッという音と共に肩に羽織った。
その様子を満足げに見たk3は数歩空いていた距離を歩いて一気に詰める。
彼の真横に来ると、k3はaaa.comが見ている同じ方向へと視線を向けた。
「・・・何を見てるんですか?」
だが、aaa.comが見ている方向を見てもk3には何も見えなかった。
ただ、ほのかに明るくなってきている空がそこにはあるばかりだ。
「空だ。」
不思議に思ったl3がaaa.comにそう問いかけると、彼は何を当たり前の事を言わん。とばかりの顔でそう答えを返してきた。
「・・・空?」
あまりにも当たり前で、だからこそ予想していなかった答えにk3は密かに繭をひそめた。
「空に、何があるんですか?」
「・・・何があるか?」
自分が見ていてもなんら面白くも無い空をaaa.comは先程からじっと飽きずに眺めている。
その仕草に、彼には自分には分からない何かを空に見つけているのだろうか、とk3は思って再び彼に問いかけた。
だが、その問いかけには今度は彼の方が驚いたようだった。
「・・・何も無いんですか。」
問いかけられ、考え込むような姿勢を見せたaaa.comに、k3は少し呆れた気持ちを持ったがそれを隠すように心の奥底にしまいこむ。
「・・・そうだな・・・、はじめて見る空だったから・・・か?」
そんな動作をk3が行っている間にaaa.comの方は先程の彼の質問の回答を見つけたのだろう、一度は下に落とした視線を再び上へと向けてそう答えた。
「初めて・・・?」
「あぁ。場所が変われば見える空は違うものだ。」
その答えをやや訝しげに聞き返したk3に、aaa.comはなぜ自分がそう思ったのかを彼なりの言葉で伝えようとする。
無論、それですべて彼の言いたい事が伝わったかどうかは定かではないが、k3はその答えに対して一応の理解をしてくれたようだった。
「・・・なるほど。」
k3は納得したかのように大げさにうなずいてみせる。
その彼の仕草にaaa.comは安心したかのように微かに、ほんのわずかにだけ口元を緩ませた。
「・・・。」
まれに見るaaa.comの表情の変化にk3は一瞬目を細める。
と、彼の心にある一つの計略というまでもないちょっとした遊び心が芽生えてきた。



「aaa.comさん。」
黒扇をパタパタと振りながら風を起こしていたk3が先程から相変わらず空を見上げ続けているaaa.comに声をかける。
「・・・?」
こちらをゆっくりと振り向くaaa.comの仮面に手をやると、k3はいきなりぐいと自分の顔の前へとaaa.comの顔を持ってくる。
視線と視線がもろにぶつかり合い、aaa.comは少々戸惑ったような顔付きになった。
「・・・あなたは、今何を見ていますか?」
「・・・・?」
k3の質問したことの意図が分からないのか、aaa.comはさらに困惑しているような顔になった。
「・・・何を、見ています?」
繰り返し、k3は何かを確認するかのようにaaa.comへと質問する。
「・・・・・?」
そんな彼の様子を不思議に思ったのか、それともこれ以上視線をつき合わせているのが耐え切れなくなったのか。
aaa.comは何とかしてk3の手を振り解こうと頭を左右に振る。
だが、k3はしっかりと彼の仮面に手をかけていたからaaa.comのその行動も無意味の内に終わってしまった。
「あなたは、今、この僕を見ている。」
k3の手を振り解こうと善戦しているaaa.comの行動を封じる意味合いがあってか。
彼はただでさえ近い二人の顔の位置を、いまにも肌が触れ合うのではないか、という至近距離まで近づける。
そして、こう静かに呟いた。
「あなたは、僕、『k3』を見ている。」
その言葉を言い終わらないうちに、k3はaaa.comの唇を塞いでいた。
「・・・・ッ!」
とっさのことに思わず逃げ腰になるaaa.comを無理に強く抱きしめて引き寄せると息苦しさからか、わずかに開いた唇の隙間から舌を差し入れる。
歯列を割り、舌を絡め取って縦横無尽にk3はaaa.comの口内を舐め取る。
しばらく攻防が続いた後に彼の吐息に微かな甘さがにじみ出てきた頃合を見計らって口をようやく離した。
「・・・・何を・・・・!」
ようやく開放された口で荒い息をしながらaaa.comがしどろもどろに呟く。
幾度やってもこういった行為に彼は慣れないらしかった。
仮面に隠されているが、僅かに除いている紅く染まった頬がその証拠だった。
「・・・空ばかり見ているもんじゃないですよ。」
k3は、そう言ってaaa.comの仮面から手を離してやる。
「あなたは、僕だけを見ていれば良いんですから。」
うっかりそう呟いてしまって、k3は自分が彼に対してどれほどの独占欲を抱いているかを自覚してしまった。
だが、aaa.comの方はというとその言葉の裏に隠された彼のそんな気持ちになど気が付いていないようにこくり。と首を縦に振った。
「・・・・・判った。」
そう言って彼は慌ててように踵を返し、建物の方へと足を向けた。
先程の不意打ちがよほど聞いたらしい。
急ぎ足でその場を去っていこうとするaaa.comの後ろ姿をk3はぼんやりと眺めて。
「本当に分かってるんですかね。」
そう苦笑いをしたように呟くと、彼もaaa.comの後を追って建物の中へと消えていった。
空は既に半分以上が明け、夜はもうどこにも見当たらなかった。
その日の光に照らされて、遠方には白く輝く雲の塊があった。





END

















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