「きっと・・・。」 木々が葉を擦り合わせてうるさく騒ぎ立てる。 暗黒元帥は砂を掴むと、さらさらと散らせて遊んだ。 風に飛ばされてすぐに消える砂。儚い。そして・・・脆い。 いつしか、雨が降り出していた。 濡れるのも構わずに、暗黒元帥は湿っていく地面を見つめていた。 雨が染み込む様子はあの時とよく似ていた。 「最後に何か言う事は?」 僅かに腕に力を込め、反動を付けて突き出すと、槍先が肉に食い込んだ感触を手に感じた。 クポッ!は大きく息を吸い、そして穏やかに笑った。 「今更どんな事を言っても、命乞いにしか聞こえないだろ?」 「えぇ・・・。」 「じゃあ・・・、言わないほうが良い。」 「言いたいことがあるなら今の内に言った方がいいですよ。死んだら後悔も出来ませんから。」 「それもそうだ・・・。」 痛みにクポッ!は顔を顰める。 身に着けている衣装がみるみる内に赤く染まっていく。 所詮はバーチャルで、その血は本物ではないと判っていても暗黒元帥にはなぜかそう思うことは出来なかった。 「・・・・将軍。」 一気に刺し殺す事が出来ればどれ程楽だろう、自分も、彼も。 だがそうは出来なかった、出来るはずもなかった。 ・・・暗黒元帥の腕を掴む彼の手は僅かに震えていた。 「・・・上手くいってよかったな・・・。これで安心して俺も逝けるよ。」 「それはどうも。」 「やっぱ・・・、ダメだ。お前、真面目に聞いてないじゃないか。」 茶化すような暗黒元帥の声に苦笑し、クポッ!は銀色の髪をゆるゆると振り乱した。 唇の端から血が一つの筋となって零れた落ちた。 あの時、彼は何を言いたかったのだろう。 激しく降り出した雨に打たれ、渦巻くような風に包まれて、それでも暗黒元帥はその場にとどまる事をやめなかった。 地面はぬかるみ、泥となって流れ始めているいる。 そう、あの時も、彼の血が染み込んでこんな色になった。 「もう、終わりですか?」 冷たく光る朱色の目に躊躇いはなく、そしてそれを受け入れる側にも躊躇いはなかった。 「ああ・・・、一気に、頼む・・・。」 彼は目蓋を下ろし、ゆっくり息を吐いた。 そして自ら暗黒元帥の腕を導いた。 ずるりと突き抜けた瞬間、彼はまるで抵抗を感じなかった。 だらんとクポッ!の体が寄りかかり、その背中から生えた刃を見て、暗黒元帥はようやく総てが終わったのだと感じた。 思わず笑みが零れた。 が、次の瞬間、彼は眉間に深く皺を刻んだ。 何か言ったのだ。この腕を導きながら、彼は最後に唇を動かした。 何か、言った。しかし、その音は暗黒元帥の耳には届かなかった。 さようなら、とでも言ったのだろうか。違う。そんな言葉ではなかった。もっと聞きなれない言葉だった…。 腕の中の彼の身体が青白く光り輝く。 「・・・・。」 少しずつ、少しずつではあるが彼の身体のグラフィックが細かいデータの破片となって零れ落ちていく。 足元に散らばっていくそれは優しい小さな光の粒となって空へと立ち上っていった。 放棄されたデータは、主を失ったデータは皆、こうなる運命であった。 濡れて落ちた髪をかきあげ、暗黒元帥はようやく触れていた瓦礫の山から手のひらを離した。 彼の埋まっている場所。埋もれている城の下。そこに彼がいる。いつでも。変わらず。 もう何も気に病む事はない。彼はいつでも側にいる。自分がこの世界で生きている限り、彼とはぐれる事はない。 望んだ物は全て得られた。苛立ちとやるせなさに襲われる日々はもう訪れない。 だが、彼の最後の言葉が気にかかる。もう答えを得る事は出来ないというのに…。 「・・・仕返しのつもりですか・・・? クポッ!さん・・・。」 いつも彼の問いかけには何一つ答えてこなかった。 最後の最後に、彼が勝ったという事なのだろうか。 そう考えて、暗黒元帥は微笑んだ。それもいいだろう。もう勝ち負けに執着する事も、今の自分には必要ない。 すっかり濡れて汚れてしまったが、気分が良かった。 近くに咲いていた花を手折り、風に飛ばされるのは承知の上で彼の眠る地面に投げた。 そして、暗黒元帥はその場から去っていった。 彼がいつもそこにいる事がわかっているから、振り向く事もしなかった。 最後の言葉。 僅かに動いた唇と、濡れた瞳。 その言葉がなんだったのかは暗黒元帥には到底理解出来ないだろう。 彼は最後に小さく呟いて笑った。 あまりたくさんの言葉を生み出す事は出来なかったが、それだけで充分だと思った。 彼と出会い、多くの事を学び、そして多くを失った。 だが何よりも、彼の刃が向けられた時、彼は嬉しかったのだ。 彼が今までを生きていてくれた事が。 そして、これから先、生きて行こうとしている事が。 自分が埋まっているこの世界で、きっと生き続けててくれるであろう事が。 だから伝えた。こう。 「・・・ありがとう・・・」 きっと君ならこれからも、ずっとずっと、生きていける・・・。 END |
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