「虚無の虚構」





浜辺に打ち寄せ、そして引いていく波のように。
少しずつ少しずつ、距離を縮めて、そして遠のいて。

ずっとその繰り返しが、どこか愛しいと思っていた。



「・・・よぉ、元気そうだな、」
足元に転がるかつての仲間。
そして目の前には、かつて自分たちの上に君臨していた男がいる。
この砦はかつて彼と共に作り、守り抜いた砦。
だが今の自分には必要がない。
「・・・いいザマだな。D77・・・。」
その声に怒りも屈辱も映らない。
ただそれだけ呟いて、メガネを押し上げた。
昔と変わらない傷だらけの掌で。

D77はジャックナイフを片手でもてあそびながら笑う。
風に飛ばされかけた己のトレードマークともいうべき黒色の帽子を片手で押さえて。
それを彼は見ていた。
「大した自信だな。」
そう言ったのは彼だった。
「大した自信だ、この俺に一人で立ち向かうとはな。それともどこかイカレたか、D77?」
嘲笑うような声だが、今までより、あの頃より確かにそれは優しかった。
D77は口の端を上げる。
今、目の前にいるのは敵。
そして自分は彼を殺さなければならない。
それ以外の何者でもない。
「『D77』か。随分と出世したもんだな?」
「あんたも改名しちゃどうだ? 一度死んだはずのあんたがなんだってここにいる? この世界に。」
「てめぇには関係ねぇだろう。」
「・・・ああ、そうだ」
D77は肩を竦めた。
思えば長く共に生きてきたが、こんなに自分の言葉を聞いてくれた事はなかった。



二人の間を血なまぐさい風が通り抜ける。
彼の羽織っているクロークの裾が翻る。
月の光で肌が真珠のような白さで見えた。あの頃と同じように。



「あんた、ここで終わりだね。」
D77は笑った。
彼も笑ったようだった。嘲笑う顔も綺麗だった。
「終わり? この俺が?」
声を上げて笑う彼。
そして肩に抱えていた三又の鎌を鳴らした。紅色の目が綺麗だった。
「そいつはごめんだ・・・。てめぇを屍にしてでも俺は生きるぜ・・・?」
「そりゃ無理だ」
D77は首を横に振った。
無理に決まっている。彼に自分は殺せないのだ。



俺はもうあんたを忘れたよ。どれだけ追いかけても最後まで掴めなかったけど。俺はもうあんたを忘れたんだ。だからあんたに牙も向く。

もう、俺はあんたのの下僕じゃない。



「逃げられやしねぇさ。こっちにはあんたの一番苦手なあの女がいるんだぜ?」
「ほう? だったらなぜお前がここにいるんだ?」
「決まってるだろう? あんたなんか彼女が出るまでもねぇって事さ。」
「そうか・・・。」
「今のあんたなら・・・、俺一人で十分って事だよ」



俺はもうあんたを忘れたよ。あんたとは違って、忘れる事が出来るから。俺はもうあんたを忘れたんだ。だからあんたを殺せる。



彼は紅色の目を細めた。
怒りもなく、悲しみもなかった。
彼は目を細めて、それから笑った。
「何がおかしいんだよ?」
「フン・・・、てめぇが俺を殺せるって?」
「ああ。」
「バカが・・・。」
「バカを言え、出来ないと思ってんのはあんただけだ。出来ねぇのはあんただけだ、なぁ。」
「お前に俺が?」
「ああ、殺せるよ。」
「バカバカしい・・・」
「そう思ってるのはあんただけだ。」



俺はもうあんたを忘れたよ。あんたみたいにずっと縛られて生きるのは好きじゃないから。あんたは忘れる事が出来ないだろうけど、俺はもう忘れたんだ。





「殺ってみろ。」





そう言って、楽しそうにメガネを押し上げた彼を見た。
彼の姿が消えるのと同時に、ナイフを投げつけた。
弾かれる音がして、鋭い風に切り裂かれて、微かに血が飛んだ。

憎しみ合ったり、愛し合ったり、わからない言葉をぶつけ合うより、ただ殺し合うだけの方がわかりやすい。

彼は忘れない人だ。
そして自分は忘れる事が出来る。
自分が忘れる事で、彼と完全に断ち切れて、そして新たに築けるならいいと思った。

憎しみ合ったり、愛し合ったり、わからない言葉をただ囁くより、殺し合うだけの方がわかりやすい。

彼は変わっていなかった。
そういう人だ。
だから愛して、恨んで、忘れた。

ただ、殺し合うだけの方がわかりやすい。

この人は自由を求める人。
そして自分は縛られる人間だから。

ただ、殺し合うだけの方がわかりやすい。

その力が出来た。
だから声が届く。
あの人が答える。

ただ、殺し合うだけの方が。





だけど

・・・・・・悲しくないかい?





END


















[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! 自宅で仕事がしたい人必見! ]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2