フェイが転送されたのは、アンダーグラウンドの窓口的サイト、Gehoo!Japanだった。
 Yahoo!Japanを模した作りになっていて、様々なサイトが種類別に登録されている。
 ”アンダーグラウンド”とは一体どんな世界なのかと多少は緊張していたが、周囲を見渡せば様々なサイトが立ち並び、多種多様なPCが行き交い、表の世界をほとんど変わりが無かった。
 ただ、表の世界は明るい柔らかめの色のサイトが主だったが、アンダーグラウンドのサイトは黒や赤といった原色系のサイトが多く、またネオンの数も桁違いに多い、というのが違う点だった。
 初めて訪れた”アンダーグランド”の印象は、フェイにとってそれほど悪いものではなく、むしろ、楽しさを感じるようなところさえあった為、僅かに気が緩んだのだろう。
 彼は、自分の後をつけている二人のPCに気が付いていなかった。



Good luck on your travel
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#02 Gehoo!Japan 01




 「参ったな、ここはどこだ…」
 Gehoo!の中心街と思われる場所を歩いていたはずなのに、いつの間にか脇道へ逸れて人通りの少ない場所へ出てきてしまっていた。
 元の場所に戻ろうと思うが道が複雑に絡み合っていて、さらに土地勘の無い場所なので分からない。
 誰かに道を聞くにしても回りには人(の姿はなく、このまま歩き続けるのも危険か、と考えたフェイは足を止めた。
 しばらく壁に凭れていると、少し離れた場所から声がかかる。
 「こんなところでなにしてんの?」
 視線を向ければ、二人組みのPCが居た。
 歳は20代後半といったところか、一人はガムを噛み、もう一人はフード付きのパーカーをすっぽりと被っている。さして珍しくもないどこにでも居るような普通の若者のPCだ。
 「悪いが道に迷ってな…、中心部へはどういけばいいか教えてもらえるか?」
 「中心部ねぇ…、口で説明するとめんどいから紙に書くよ」
 ようやく人を見つけられたことに安堵して尋ねれば、ガムを噛んでいる男が懐からメモ用紙を取り出しなにやら書き始める。それに、助かった、と礼を言いつつフェイは二人に近づいたが、風の動く気配と殺気を感じて、咄嗟にその場から飛びのいた。
 ザッと一メートルばかり後ろに下がれば、今まで居た場所に短刀が2本突き刺さっている。
 形は小さいが立派な殺傷能力を持っているそれが刺されば致命傷にならないまでも、傷は負うだろう。
 「なんの真似だ」
 「惜しいな、意外といい身のこなしするじゃん?兄ちゃん」
 押し殺した声で問えば、パーカーを着ている方の男がフェイを指差して、ニヤニヤと笑った。
 「兄ちゃん、UGは初めてっしょ?だから、俺らがここのルールってヤツを教えてやんのさ」
 「ルールだと?」
 「そう、”アンダーグラウンド”のルールだよ」
 短い金属音がしたかと思うと、パーカーの男の手に先ほど投げつけられたのと同じ種類の短刀が握られていた。呼応するかのように、ガムを噛んでいる男の手にも大槌が出現する。
 なぜ戦闘に巻き込まれるのか分からないし、出来ることなら避けたいが…、とフェイは考えるが2対1では無傷で逃げるのは難しいだろう。
 地の利が相手にあるのならなおさらだ、と観念すると低く腰を落とし、戦闘態勢を取った。
 「あれ、兄ちゃんやる気だね?」
 逃げずに戦闘態勢を取ったフェイに二人は驚いた顔をする。
 「その、”アンダーグラウンド”のルールとやらを教えてもらおうか」
 「あんまり、俺らをなめない方がいいよ、兄ちゃん?」
 「なめるも何も、お前らじゃウォーミングアップにもならないさ」
 フェイが挑発するように手招きをすれば、男達は顔を見合わせた後、地面を蹴り走り出す。
 「そんなに知りたきゃ教えてやるさ!”弱いヤツは狩られる”っていうルールじゃん!」
 俺らストレスが溜まってるから、弱いモノ苛めしたくてたまらないのさ!と、続けたパーカーの男は、地面を走った勢いでそのまま壁を駆け上がると空へ飛び上がり、手にしていた短刀を雨のように降らせる。
 短刀の回避に気を取られていると、もう一人が背後に回り大槌を叩き込んできた。
 「ち…」
 押されつつもなんとか全身で受け止めたフェイは、肩に走った鈍い痛みに舌打ちする。
 パーカーの男が槌の背後に隠れて突進してきているのに気付き飛びのくが、それより早く飛び出した男は構えていた短刀をフェイの首元に突き出した。
 「勝負あり!油断大敵じゃん!」
 勝ち誇ったように叫ぶが、フェイはわざと地面に倒れこんで突き出された短刀を避ける。
 右手を地面に付き、その手を軸にして独楽のように回るとそのままわき腹に蹴りを喰らわせた。
 「……ぎゃっ!」
 寸分違わず腹に入った蹴りの衝撃に、カエルが潰されたような声を出すと倒れこんだ。
 「だから、ウォーミングアップにもならないと言っ…」
 地面に伏したまま呻く男に声を投げかけていると、もう一人が側面から大槌を振りかぶってくる。
 考え無しの猪突猛進の攻撃方法に肩を竦めたフェイは、わざと大槌を喰らってみせた。
 「やったじゃん!?キロ!」
 鈍い音がしたのに気が付いたパーカーの男が、大槌を持っている男の名前を呼ぶ。
 ガードしている様子はなかったし、身体の中心に攻撃を叩き込めた、とキロと呼ばれた男は確かな手ごたえを感じていたが、次の瞬間それが思い違いだと知った。
 「これが、お前の全力なのか?」
 フェイの手には、キロが持っている槌よりも遥かに大きい大鎌が握られ攻撃を防いでいたのだ。
 「全力っていうのは、こういうものだろうが!」
 凄まじい風を起しながら振りかざされたフェイの大鎌が、突き当たる。
 とっさに防御したが圧倒的な質量と勢いの前に槌は粉々に破壊されると、キロは叩き付けられた壁を突き抜けてサイト二軒分ほど吹き飛ばされた。
 「キロ!!」
 パーカーの男が喉が潰れん限りに相方の名前を叫び、近寄ろうとする。
 「そうはいかないさ」
 フェイが柄の先から伸びている鎖を投げつけると、それは男の後を追いかけて足に絡みついたかと思う間もなく引きずり倒した。
 「うわ、なんだこりゃ!」
 そのまま引っ張れば鎖の長さが自然に短くなり、まるで釣り糸にかかった魚が漁師に釣り上げられるかのようにフェイの場所まで引きずられてくる。
 「……、ここには”弱いヤツは狩られる”というルールがあるらしいな?」
 なら、今お前がここで狩られても文句は言えない訳だ、と右手でぐっと拳を作ってみせた。
 「ま、待ってくれ、さっきのはほんの冗談で言ったんじゃん!?」
 「とてもそうには聞こえなかったけどな」
 顔面蒼白の男は何とかしてフェイの気を落ち着かせようとするが、それ以上何かを言う前に、フェイの拳が顔面にクリーンヒットした。

 「まったく…、口ほどにも無い奴らだったな」
 呆気なく終わった戦闘にフェイは肩を竦める。
 しばらく放っておけば勝手に起きるだろう、と伸びたままの二人に背を向けて後にしようとしたその瞬間、背後に嫌な感覚を感じ取り、振り返った。
 「なっ…!」
 驚愕の言葉が、フェイの口から零れ落ちる。
 突然、少し離れた空間が捩れたかと思うと、この世には存在しない異形の姿をした生物が弾き出されて来たのだ。
 むき出しの肉はところどころ腐りかけて剥げ落ちており、眼球は無いのかぽっかりと穴の開いた暗い空洞がフェイの方を向いている。牛のような姿形で酷い臭気を放っているそれは、四つんばいでノロノロと動きながらフェイに近づいてきた。
 「なんだこれは…」
 見た事の無い存在に、どう対処すべきかフェイは迷う。
 「何やってる、それはバグだ!逃げろ!」
 意識を取り戻したのか、二軒先からキロが叫んだ。
 だが、その言葉がフェイに全部届く前にバグと呼ばれた異形の生物はフェイに突進してきた。
 「ち…っ!」
 攻撃を避けたフェイは、再度大鎌を手に取る。
 少なくとも友好的では無いのだから、始末するしかないと判断したのだ。
 反撃を許さないかのようにバグは続けざまに攻撃を繰り出すが、図体が大きいだけで攻撃速度も反射速度も大したことは無いという事実に気が付いたフェイは、確実に止めを刺せる瞬間を待ち、回避に徹することを決める。
 しかし、そう簡単に事は運ばなかった。
 「いててて…、まったく酷い目に会った……ってなにこれ」
 よりにもよって、バグの足元付近で伸びていた男が目を覚ましたのだ。
 じっとしていれば気が付かれなかったかも知れないが、身体を起こした為、バグの攻撃の矛先がフェイでは無く、まったく無防備の男に向くことになった。
 「たか、逃げろ!」
 「手間のかかる…!」
 キロが声を枯らして叫び、フェイは唇を噛み締めて大鎌を握る手に力を込める。
 「伏せろ!」」
 もはや近付く暇は無いと判断し、手にしている部分を中心に大鎌を高速回転させるとブーメランの要領で投げ飛ばした。それは凄まじい勢いで土を舞い上げながら空を飛ぶと、今まさに男を貫こうとしているバグの腕を切り裂き、そのまま胴体すらも切断する。
 「うわっ、うわわわわ!!」
 間一髪で逃れた男は腰の抜けた身体でその場から離れると、近づいてきたキロに縋り付く。
 致命症を受けたバグはしばらくその場で固まっていたが、やがて糸が切れるように崩れ落ちると砂のようなものになり、消えてしまった。
 「…今のは、一体なんだ」
 旋回して戻ってきた大鎌をキャッチしたフェイが、男達に問う。
 「さっきのは…、バグだ。不正なプログラムから生まれて、見境なしにPCを襲う」
 「表の世界では見たことが無かったな」
 「それだけ、こっちは混沌としてるっていうことだ」
 キロの説明に納得したのか、フェイはそれ以上は聞かなかった。
 黙ったフェイを見て、男二人は顔を見合わせると静かにその場を去ろうとする。だが、スッと首横に出された大鎌に硬直すると、青ざめた顔で振り返る。
 「悪いが、このサイトを少し案内してくれないか?」
 それくらいは良いだろう?と笑顔で言うフェイに、男達はただただ首を縦に振るばかりだった。

 「…で、UGというのは簡単に分けてハック系、ドラッグ系、アダルト系、エミュ系、荒らし系、という5つのゾーンに分かれていましてね……」
 キロと一緒にフェイの後をついていくパーカーの男、たかが簡単なUGの説明をする。
 「初めて来た人なら、一番敷居が低いアダルト系がいいんじゃないですかね?」
 男なら誰だって女には興味があるでしょ?と下衆びた笑いをするたかに一瞥をくれると、フェイは「荒らし系の中で一番有名どころを教えてくれ」とだけ言った。
 「あー、荒らし系の中なら、糞王国がいいかと思いますね」
 「……、何王国だって?」
 「糞王国ですよ、糞。正式名称がFuckin' Kingdomっていうからそういう略称で呼ばれてるんです」
 「なるほどな…」
 さすがアンダーグラウンド。表の世界では敬遠されるような名前でも普通に受け入れられる訳か、と変なところでフェイが感心しながら歩いていると、ようやく一度離れてしまった中心部に付いた。
 「じゃ、俺らはここで失礼しますよ」
 ホント失礼なことしてすいませんでした、とぺこぺこ頭を下げながら去っていくたかとキロの姿に少しやりすぎたかもしれないな、と今更ながらにフェイは後悔する。下手な噂を立てられても困るが多分大丈夫だろう、と気休めに己を納得させながら、たかに教えられたFuckin' Kingdomへのアドレスを転送ゲートに打ち込んだ。
 何種類か分かれているゾーンから、なぜ荒らし系の選んだのかは自分でも分からない。
 ただ、何となく、そこが自分に一番合っているような気がしたのだ。
 「この先で、記憶が見つかるといいのだが」
 小さく呟けば身体の周りに転送ゲートが現れ、次の瞬間、目的地に向かって移動していた。
 そして、そんなフェイを隠れて見ていた男が一人。
 「………、今のは、まさか…」
 見覚えのある、だがどこか少し違うフェイの姿に男はしばし悩んでいたが、どうせ今は任務も無いし暇つぶしにはいいかも知れない、と考えて彼の後を追った。



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