荒らし幕府から強制転送されたフェイが投げ出されたのは、どこかのサイトの岩場だった。
 とっさに受身を取り怪我はしなかったが、放り出された場所が少しでも違ったら危なかったかも知れないと思うほど、随分長い間整備されていないのか荒れに荒れている岩場だった。



Good luck on your travel
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#07 Underground




 「ここは、どこだ…?」
 フェイはコートの内ポケットから機械を取り出し、現在位置を確認しようとする。
 しばらく辺りを探っていたが、「この場所は探知出来ません」というメッセージを警告音と共に発した。
 嫌な予感を感じ、Gehoo!Japanへの直通アドレスを常に持ち歩いている簡易の転送ゲートに打ち込んだが、「この場所から転送はできません」というメッセージが表示された。
 「閉じ込められたのか」
 やはり、鎧武者のAIを見捨ててでも転送先を指定した方が良かったのではないかと後悔していると、己が居る岩場の下の方からなにやら喚声が聞こえているのに気が付いた。
 「…誰か居るのか?」
 助けて貰えるのならありがたいが好意的な人とも限らないな、と念の為に姿を隠しつつ、岩場の端から声のする方を覗き込んだフェイは、思わず息を飲み込んだ。
 「なんだ、これは……」
 呆然と呟いた彼の眼下に広がるのは、戦場だった。

 馬に跨り、日本刀を振り回して戦場を駆け抜ける鎧武者の一群がいる。
 後ろには何十人もの足軽が槍や鉄砲を構えて並んでいた。
 そして、鎧武者たちを待ち受けているのは近代的な軍服に身を包んだ集団だった。
 やはり同じように馬に跨り、刀や槍を各々手にしている。
 対照的な姿で左右に別々の形の陣を築いている彼らは、中央で激しい衝突を繰り広げていた。まるで、映画の戦場シーンの撮影が、そのまま目の前に出てきたかのようだった。
 「一体、…」
 脈打つ心臓を落ち着かせながら、フェイは戦場に目を凝らす。
 右に見たことのない陣を展開している軍服の集団は鶴の紋様を刻んだ旗を掲げており、左に魚鱗の陣を展開している鎧武者たちは三の鱗の紋様の旗を掲げている。
 「あの旗は…!」
 つい先ほど、荒らし幕府で見たボロボロになっていた旗に書かれていた紋と同じだ、と気が付いたフェイは左側の軍にさらに目を凝らした。
 人数はざっと50~70人、武者は10人ほどで後は足軽や鉄砲隊などで構成されている。
 武者の中に荒らし幕府で会ったAIのモチーフになった人物が居ないかと目を皿のようにして探すが、よくよく思い返せば顔を見ていないから分かる訳無いじゃないか、と肩を落とした。
 「それにしても、ここは本当にどこなんだ…?」
 右が崩されれば左から攻め立てる、左が崩れれば右から攻めなおすという、一進一退で当分勝敗が付きそうにない戦いを見ながら、呟く。と、背後に殺気を感じ横へ飛びのいた。
 だが、間に合わずに右肩に矢が突き刺さる。
 「……っ!」
 「貴様、こんなところで何をしている!」
 痛みに顔を歪めつつも矢を引き抜いたフェイの前に、鶴の旗を背負った兵隊が10人ほど現れた。各々手にサーベルや弓を持ち、とても話し合える雰囲気ではなかったがフェイは一応対話を試みる。
 「待ってくれ、俺はあんたらの戦争には関係ない人間だ」
 「嘘を付け!関係ない人間が、この閉鎖空間に入れるわけがないだろう!」
 「閉鎖空間だと?」
 「そうだ、ここは我ら暗黒幕府と荒らし幕府との長い争いに決着をつける為に造られた特別な空間」
 どちらかの軍に所属していないものには入ることすらままならぬ場所だ、と兵隊の一人が喋る。
 「だから、ここに居る貴様が関係ない人間の訳が無い!」
 そう言うが早いが、背後に控えていた弓兵が矢を射ってきた。
 ギリギリのところで矢を交わしつつ、岩陰に滑り込んで隠れたフェイは呟く。
 「なるほどね。戦いの為に造られた場所なら、該当場所が無くてどこにも転送できない理由も分かる。あいつらは鶴の旗を背負っていたが…、こうなったらやるしかないな」
 三の鱗の旗のPCじゃないだけまだマシか、と意識を集中させたフェイの手に光が集まったかと思う間もなく大鎌が出現した。鈍く黒光りする様は、死神の持つデスサイズのようだった。
 「許せよ…、あんたら個人に恨みがある訳じゃないんだからな!」
 隠れていた岩陰から飛び出し、フェイは兵隊たちに向かって走り出す。
 「あそこに居たぞ!射て!!」
 何十発と射られる矢を全て薙ぎ払って兵隊達の中に突っ込んだフェイは、鎌の柄を強く握ると大きく振りかぶり地面に突き刺した。
 「貴様、どこを狙っている!」
 狙いが外れたものだとばかり思った兵隊の一人がサーベルを構えて、切りつけてくる。
 だが、フェイは余裕の笑みで避けると、グッと突き刺した大鎌を抜いた。
 瞬間、凄まじい爆発音と共に地面が割れ、兵隊たちは全員飲み込まれていく。
 安全な岩場まで退避しながら、口ほどにもない奴らだったな、と大鎌をしまおうとしたが、予想以上にこの岩場は脆かったのかフェイが地面を割った箇所から四方八方に一気に亀裂が入ると、鈍い音を立てて崩れだした。

 他の逃げ場を探す暇も無く、岩場は完全に崩れると戦場へと落ちていく。
 「まずいな」
 崩落した岩の下敷きになって死ぬなんていう間抜けな死に方だけはごめんだな、とフェイは手にした大鎌で降ってくる岩を片っ端から粉砕しながら崖を下り、地面へ降り立った。
 体勢を立て直す暇もなく、首の後ろに殺気を感じ振り返る。
 「……!」
 いつから背後に居たのか、馬の跨り鶴の旗を背負った一人の兵隊が冷たい目でフェイを見ていた。
 緑色のベレー帽を被り、ミリタリージャケットとベルトパンツを着込んでいる兵隊の胸元には銀色のチェーンが光っている。腕の階級章に書かれているマークの意味は分からないが、先ほどのPC達とは大分違う重厚な服装に、軍の中核を担う将校クラスだということは分かった。
 馬に乗っているにも関わらず気配がまったく無いその将校の姿に、額を嫌な汗が流れると同時に鈍い痛みがフェイのこめかみに走る。
 「……俺は…」
 こいつを知っている…、とどこかで見た覚えのある将校の姿に眉を顰めた。
 だが、相手はフェイに構わず曲刀を首元に近づけると、冷たく言う。
 「これはこれは、荒らし幕府一の武将と名高いあなたがこんなところで一体何を?」
 それに、その姿はなんだ。鎧はどうしたんだ。と続ける将校に、フェイは自分が三の鱗の旗の武士の誰かに間違われているのだと気づいた。
 だが、だからと言ってどうした訳でも無く、大鎌を振るうと馬ごと将校を切りつけた。
 「いきなり何だ!」
 「悪いが、俺はここで死ぬ訳にはいかない!」
 馬から飛び降りたところを狙い、フェイは追撃する。
 しかし、分かっていたのか将校は攻撃を避けると、再度フェイの首元に曲刀を突きつけた。
 「あなたが不意打ちをするような人とは思わなかったよ…、荒らし幕府一の武将の名が廃るな」
 「……、あんたは…」
 俺のことを知っているのか?とフェイは続けようとしたがそんなことを聞いてどうするんだ、と考え直す。
 それよりも、今は生き残る方が重要だと考え突きつけられた曲刀を弾くと、将校の脇をすり抜け戦場へ紛れ込もうとする。だが、ぴったりとフェイの後を追ってきた将校は、腰元からもう一本の曲刀を取り出し、二刀流で斬りかかってきた。
 「不意打ちの次は、逃げる気か!どうやら、俺が聞いていたあなたの噂も嘘のようだな!」
 「くっ、違う…、そうじゃないんだ!」
 「一体何が違うと言うんだ!」
 絶え間ない連撃を何とか鎌で捌きつつ、フェイは周りの様子を伺う。
 誰かが加勢してくれれば状況をひっくり返せるのだが、と視線を送るが周囲の足軽や兵隊たちは巻き込まれては適わないとばかりに2人の傍から一目散に離れ、他の武将達もおいそれと手が出せないのか遠巻きに二人の戦いを見つめているだけだった。
 こいつはまずい、とフェイは呻く。
 一撃必殺タイプのフェイは、相手の将校の小回りが効くような武器とは相性が悪かった。
 向こうの攻撃を捌きつつ、反撃の機会を狙おうにも大鎌の攻撃は隙があり危険が大きい為、おいそれと攻守を転じることは出来ない。
 だからと言って、このまま防戦一方でもジリ貧になるだけだ、と分かっているフェイは唇を噛んだ。
 「なるほど…、先ほどの言葉は撤回するよ。やはり、あなたは噂通り…、いや噂以上の武将だ」
 「そいつはどうも。あんたも、なかなかやるな」
 余裕の振りをして言葉を投げかけるが徐々に攻撃するスピードと防御するスピードが遅くなり、互いに息が上がっているのが手に取るように分かる。
 一旦、フェイが距離を置こうと離れれば向こうも同じ考えだったのか、飛び退いた。
 「……」
 「……」
 互いに武器を構え、息を整える。
 これ以上、戦いを長引かせる訳にはいかないと、両者とも次の一撃で決めるつもりだった。
 調息をしながら、フェイは前にも似たようなことがあった、と感じていた。
 ただ、その時はこうした1対1ではなく、不特定多数対自分だったと思い出す。
 だが、それ以上彼が何かを考える前に、相手の将校は地面を蹴り走り出していた。
 「…行くぞ!」
 「こい…!」
 目を見開き、残った力で地面を蹴り走る。
 相手の第一刀を大鎌の柄で受け流すと、フェイは足払いをかけた。しかし、それは見透かされていたのか空中に飛ばれ避けられると第ニ刀目が襲い掛かってくる。
 避けようと思えば避けれたそれを、フェイは敢えて受け止めることを決意した。
 鈍い音と共に肩に突き刺さった曲刀を掴んでいる相手の腕を掴むと、力の限りに自分の方へ引っ張り込む。逆らえずに目の前に引きずり出された将校に、フェイは大鎌を振り上げた。
 「まさか…!」
 「これで終わりだ!」
 紫刃一閃、鎌が相手の喉元をかき切ろうとした瞬間、フェイの視界の端に探し求めていた姿が映った。
 目の前の将校のことも忘れて顔を向ければ、3人の武将に守られたその先に、荒らし幕府で出会ったのAIと同じPCが座っていた。顔は分からないが、確かにあの場所で出会ったAIだとフェイには分かった。
 場所は本丸。総大将が座る席に、そのPCは居た。
 「隙あり!」
 「……っ!?」
 その、僅かな時間が命取りになった。
 フェイが大鎌で防御するよりも早く、相手の刃が肩から脇腹にかけて深く抉り走り抜ける。
 「………っ!!」
 想像を絶する痛みに声すら出せずに、フェイはその場に崩れ落ちた。
 彼の手から、大鎌が落ち地面に転がる。
 「何に気を取られたのかは知らないが、最後で隙を見せなかったら、あなたの勝ちだった…」
 お世辞などではなく心底感嘆した、とばかりに呟く相手の言葉を聞きながら、フェイはゆっくりと意識を手放した。



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