真っ暗な闇の中を、フェイは当てもなく歩き続けていた。
 上も下も右も左も分からず、距離すら満足に掴めない、無制限に広がっている真の闇。
 何分、何時間、何日間経ったか分からずに、いい加減に疲れ果てて歩みを止めようとした時、遥か彼方に微かだが、光の存在があるのを感じ取った。
 疲れきった身体を叱咤してその先へ進んでいけば近づいているのか、光は確実に大きくなる。
 最初は米粒ほどだった光が徐々に大きくなり、最後には自分自身を覆い隠してしまう程になった。
 その光に向けて、手を伸ばす。
 「……、ここは……」
 目を覚ましたフェイは、辺りを伺う。
 そこは、彼が強制転送される前に居た荒らし幕府だった。



Good luck on your travel
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#08 荒らし幕府 02




 「……っう」
 立ち上がろうとして走った鋭い痛みにフェイは顔を歪める。
 胸に置いた手を見れば、鮮血で真っ赤に染まっていた。
 「夢じゃ、なかったのか…」
 どことも分からない閉鎖空間に飛ばされ、戦いに巻き込まれた記憶が蘇る。
 夢にしてはリアルすぎるし、現にあの将校に斬りつけられた傷も身体に残っているのだから現実に起こったことなのだろう。だとしたらなぜここに戻って来ているんだ、と首を傾げた。
 閉鎖空間に閉じ込められたままよりは遥かに良いがとにかく傷の手当てをしなくては、とフェイは立ち上がる。だが、数歩も行かない内に再び倒れこんだ。
 「…くっ」
 荒い息を吐きながら自分の後ろ見れば、夥しい量の血が水溜りのようになっている。
 それに驚きつつ、斬りつけられた肩から脇腹にかけてを手でなぞれば、医療の経験が無いものでもすぐに致命傷だと分かるような深さにまで傷が達しているのを知った。
 「まずいぞ……」
 力の入らない手で空間を握り何とか立ち上がろうとするが、それすらままならない。
 虚しく空を掴む己の手を見つめ、唸るように言った。
 「俺は、俺はこんなところで死ぬ訳には…」
 何かの拍子のPCのデータが破損することは良くある。
 その場合は自己修復するか、破損したPCを破棄するのか、どちらかを選ぶのが普通だった。
 だが、今のフェイにはどちらも選べなかった。
 自己修復するには性別や年齢、その他のPCの基礎となるパーソナルデータが必要になるのだが、記憶がない以上無理な話であり、仮想世界からログアウト出来ないフェイに取って破損したPCを破棄するというのは死へ直結する言葉だった。
 自己修復もPCを破棄することも出来ないフェイが唯一助かる方法は、破損したデータを直せる治療能力を持ったPCに会って傷口を治して貰うことなのだが、もはや動く力すら残っていない。
 このままここで時を過ごしても待っているのは、破損した場所からプログラムが保てずにPCが崩壊して消滅する、結局死ぬのと変わりない状況だった。
 「……、こんなところで、終わるのか」
 せっかく、自分が何者か分かりかけてきたのにな、と呟きながら目を瞑る。
 血が流れ出し徐々に冷たくなっていく身体を感じなら、フェイは薄れていく意識の中で後悔した。

 「おいおい、何があったっていうんだ…!」
 一夜明けて、どうしてもフェイのことが気になった尊氏が荒らし幕府に飛んできてみれば、目の前にはその人物が血まみれになって倒れていた。
 とっさに抱え起して心臓に耳を当てると、まだ僅かではあるが鼓動が聞こえてくる。
 「今、治療すれば助かるか…?」
 こんなになる前に普通ならPCを破棄するはずなんだが、とフェイの行動を疑問に思いながらも背負うと、近場の治癒能力を持つPCが居るサイトのアドレスを入力する。
 だが、何が起きたのか転送ゲートは開ききる前に強制終了した。
 「なんだ…!」
 予想外の事態に尊氏は周囲に視線を巡らせ警戒する。
 少し離れた場所に青と緑の転送ゲートが出現したかと思う間も無く、一人のPCが出てきた。
 茶色のロングヘアーと灰色のマフラーで顔を半分を隠し、白い修道服のような服に身を包んでいるPCは尊氏の進路を塞ぐように立つ。少なくとも界隈では見かけたことのないPCの姿に、警戒した。
 「あんたは……っ!?」
 誰だ、と続けるよりも早く脇腹に一撃を加えられる。
 「……なっ」
 「悪いな」
 いくらフェイを背負っていたと言っても尊氏は反射神経にはそれなりの自信があった。だが、何のプラグラムを使っているのか、視認出来ないほどの高速で繰り出された攻撃に防御する暇もなかった。
 あまりの痛みに声すら出せずに崩れ落ちた尊氏が視線だけで様子を伺えば、PCは血まみれのフェイを肩に背負いどこかへ転送されていくところだった。
 「そいつを…、どうする気、だ」
 息も絶え絶えになりながら、何とか声をかける。
 その声が届いたのか見知らぬPCは振り返ると言った。
 「この人にここで死んで貰っちゃ面白くないからな」
 「なん、だと?」
 やっぱり、そいつはあのPCなのか、と続けて聞こうとしたが喉から出てきたのは言葉にならない掠れた声だった。そうしている内に、茶髪のPCはフェイと共に消え去ってしまう。
 「……まずい、ぞ…っ」
 一雨来るどころか、大嵐になるかも知れないと尊氏は心の中で呟いた。



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