おぼろげだった意識が覚醒する。 胸に手を当てれば、ドクドクと脈打っている心臓の鼓動が伝わってきた。 俺は生きているのか、とボンヤリとした頭で考えたフェイだったが、その事実にガバッと跳ね起きた。 「なんで、生きているんだ」 あの時、俺は確かに死んだはずじゃ、と呆然と呟いたフェイは辺りを見渡す。 彼が居たのは、アンダーグラウンドに来る時に最初に通ったGehoo!Japanの路地裏だった。 Good luck on your travel 「一体、何が起きたんだ」 傷口に手を当てれば、誰が治療してくれたのかしっかりと縫い合わされ包帯まで巻かれている。 これなら動いても大丈夫だろうと判断したフェイはゆっくり立ち上がると、壁に手を付きながら大通りを目指して歩き始めた。 「そういえば…、あの時……」 死を覚悟した瞬間、誰かの気配を頭上に感じたが、その人物が俺を助けてくれたのだろうか…、と考える。誰だか分からないが自力で助かる方法は無かったのだから、本当に有難い、と感謝した。 「まだ、俺の運は尽きちゃないということか」 記憶を取り戻す為の道が薄皮一枚ではあったが繋がったことに安堵の溜息を付きつつ、フェイは再びGehoo!Japanの中心部へ戻ってきた。たかに案内された時のことを思い出しながら広場に設置された転送ゲートまで近づくと、荒らし界隈に戻る為にFuckin' KingdomへのURLを直接入力する。 しかし、URLを入力し終える前に、突然近づいてきた男に腕を取られた。 「……、なんの真似だ」 藍色のYシャツにカーゴパンツというラフな格好の男は、その問いにやりと笑う。 「何、ちょっとアンタに用事があってね」 いきなりの事に怪訝な顔をしつつも腕を捕まれたままのフェイだったが、突如男は空いてる方の手に小太刀を転送させたと思う間もなく、突きかかってきた。 「…っち!」 身体を下げ男の攻撃を避けると、足払いを繰り出す。 引っかかり態勢を崩した隙に捕まれていた手を振り払うと、フェイは後方に飛び退いた。 「まったく…、俺はどうしてこう襲われやすいんだ」 ここに来た2回中2回とも襲撃を食らうとはおかしくないか、と半ば憤慨しつつも、そっちが攻撃する気なら容赦はしないぞ、と大鎌を転送させた。 手の中に納まった柄を強く握りしめて、刃を前に突き出したフェイは攻撃の姿勢を構える。 だが、その大鎌を見た男は顔色を変えると攻撃の手を止め、辺りに響き渡る大声を出した。 「やっぱりそうか…、おい、皆出て来い!」 声に呼応するかのように一体どこに隠れていたのか、ぞろぞろと10人程のPCがサイトの影から現れる。様々な風貌をしているものの、皆一様に武器を手にし、フェイに敵意の視線を向けていた。 「……どういうことだ…」 一目見ただけで分かる劣勢の状況に、嫌な汗が流れる。 「獄龍鬼神さん、やはり…」 「あぁ、間違いないな」 小太刀を持ち、名を呼ばれたPCは刃先をフェイに向けながら厳しい声で言った。 「その姿、雰囲気…、そして大鎌…、将軍の敵討ちに戻ってきたのか!」 「……!」 Degradationで言われた事と似たような言葉を再度聞かされ、フェイは眉を顰める。 「そうだと言ったら…、どうするんだ」 じりじりと取り囲むように移動してくるPC達を見て、逃げるのは難しいがかと言って全員を相手にするだけの余裕も無い。どう行動すべきか考えていると早まったのか1人のPCが突撃してきた。 「元帥に仇なすお前を、ここで殺す!」 「バカ野郎、殺したら意味が無い。捕まえるんだ!」 「まったく…、穏やかじゃないな」 繰り出された攻撃を避け、鎌を一振りすればそれが合図だったのか、残っていたPCも一斉に襲い掛かってきた。だが、フェイは動じることも無く冷静だった。 リーダー格の男が捕まえろと指示しているのだから、よしんば捕まったとしてもすぐにこの場で殺されることは無いだろう。それに、捕まえなくてはいけないのなら、下手に全力を出して致命傷を負わせる訳にも行かない。だから、逃げ切るチャンスは十分にある、と判断していた。 「一体お前らは、何の為に俺を狙う!」 襲い掛かる連撃を捌きつつ、フェイは問う。 PC達は口々に「元帥の為」「お前が生きていると荒らし界に平和が訪れないからだ」などと答えた。それに、界隈に歓迎されていなかった事を知り、フェイはどういうことだ、と唇だけで呟く。 「お前らは、俺を知っているのか」 「何をバカなことを…!知らばっくれたって、その鎌が何よりの証拠じゃないか!」 斧を振りかぶった男の一撃を防ぐと、刃と刃の間に火花が散った。 「ぐっ…!」 相手のバカ力を防ぐだけで精一杯で動けないフェイに、残りのPCが攻撃を繰り出す。 「俺はっ、こんなところで…!!」 「何!」 立ち止まる訳には行かないんだ、と渾身の力を込めて鎌を振るい斧を吹き飛ばし、完全に無防備になった男に斬りかかる。だが、あと僅かで刃が届くというところで横からの攻撃に弾き飛ばされた。 「もう少しだったんだが……、っぐ…っ」 何とか態勢を立て直し再び鎌を構えるが、胸に走った鋭い痛みに思わず膝を付く。 視線を向ければ今までの激しい動きに付いてこれなかった傷口が再び開き、包帯を血に染めていた。 「まずいな…」 ただでさえ劣勢だというのにこうなってしまっては…、と周囲を見渡すが誰もが遠くから見ているだけで、助けてくれそうなPCは居ない。それに、閉鎖空間に飛ばされて二刀流の将校と戦った時の記憶が蘇り、傷が激しく痛んだ。 「隙あり!」 いつの間に背後に廻っていたのか、袈裟を被ったPCが数珠のようなモノを放ち、鎌に絡みつかせる。 思うように動かせなくなり焦ったフェイに容赦なくPCたちは襲い掛かるが、そこで諦めたりはしなかった。歯を食いしばり足に力を込めると鎌に絡みついた数珠ごと男すらも引っ張り、襲いかかってきたPC目掛けて放り投げたのだ。 「う、わぁぁぁぁぁぁっ!」 「そんな馬鹿な!」 吹っ飛んできたPCに何人かも巻き添えで飛ばされ、数人は足を取られて転倒する。 さながら人間ボーリングのような光景が目の前に広がった。 「は…、ざまぁねえな」 それに、今が逃げるチャンスだと痛む胸を押さえながらフェイは走り出す。 しかし、脇から獄龍鬼神が飛び出してくると、胸の傷口目掛けて蹴りを繰り出した。両手を交差させ何とか防いだフェイだったが、続いて別のPCが繰り出した攻撃を避けれずに肩に傷を負い、よろめいた。 態勢を立て直す間も無く、ガツンと後頭部に衝撃が走ったのを感じる。 「くそっ…」 己を殴ったPCの姿すら見れないまま、フェイは意識を手放すとその場に倒れこんだ。 「何てヤツだ…」 手負いの身体で10人は居る仲間とここまで戦ってみせるとは、と改めてフェイの戦闘能力に恐れをなしたのか、PC達は怖々と倒れ伏しているフェイに近寄り顔を覗き込む。 「おい、お前らぼさっとしてる暇は無いぞ」 獄龍鬼神が指示を出し、手を縛り上げさせると彼の身体を担ぐ。 そして、周りの未だざわめいているギャラリーに向かって、深々と頭を下げた。 「お騒がせして大変申し訳ありませんでした、ですが、もうカタは付きましたのでご安心下さい」 頭を下げたままで傍に居たPCに目配せすると、された方は心得た、とばかりに大型の簡易転送ゲートを取り出し、どこかのサイトのURLを打ち込んだ。 「それでは、白昼の乱闘騒ぎ、失礼しました」 獄龍鬼神が頭を上げるのとほぼ同時に、転送リングが出現する。 次の瞬間、そこに居たPC達は全員別の場所へ転送されて行った。 「…ふん、面白いことになってるな」 広場に集まっていたギャラリーが次第に散り散りになっていくのを見ながら、近くのサイトの屋根の上で寝そべりながら騒乱を見物していた男が呟く。茶色の髪と赤い目を持つそのPCは、手にしていたラム酒をゴクリと呷った。 |