夜の闇の中を、フェイ達は駆け抜ける。 暗黒黙示録のサイトの入り口は閉まっていたが、難なく堀を越えると内部に侵入した。 そこには、季節外れの狂い咲きの桜の花びらが舞っていた。 Good luck on your travel 外見は、Fuckin'Kngdomのような西洋風の城の作りになっていた。 それにも関わらず、庭には多くの桜の木が植えられており、それが異様な雰囲気を醸し出している。 フェイが桜の陰から様子を伺えば、あちこちに軍服を着込んだ兵士が見張りに立っていた。 「まさか、またここに来ることになるとはね」 俺とアンタの出会いはここだったな、と思い出し笑いをする焔にフェイは冗談じゃない、と顔を顰めた。 「本当に、死ぬかと思ったんだ」 「まぁ、確かに間一髪だったな」 ククッと低く笑う焔をフェイは嫌そうな顔で睨む。 見張りの少ない場所を探しながら、サイトの奥深くへと進んでいった一向は、ほどなくして、中心部に位置する部屋の前に着いた。黒姉を残して二人は中へ踏み込むことを決める。 拍子抜けする程簡単にここまで侵入出来たことを警戒しつつ、そっと扉を開け中に滑り込むと、四方から銃口を突きつけられた。 「やっぱりな…」 通りで警備が薄すぎると思ったぜ、と肩を竦める焔とフェイの前に、一人の男が出てくる。 フェイがここに連れてこられた時に見たのとは若干違う軍服に身を包んでいるPCは、大げさな身振りで腕を広げると、感極まった様子で喋った。 「やはり、貴方が私の命を狙う人物でしたか」 「あの時は世話になったな、暗黒元帥」 喉元に突き付けられている銃口に一瞥をくれて、フェイは暗黒元帥を睨みつける。 「必ず、戻ってくると思っていました」 だから、こうして警戒態勢を布いていたのですよ、と続ける暗黒元帥の言葉を半分聞き流しながら、フェイは背中合わせの焔の脇腹を、肘で小突いた。 「しかし、何故私の命を狙うのです?」 「何故だと?あんたは分かってるんじゃないのか」 「さぁ、なんでしょうか…」 彼の言葉に、ハッと笑ってみせる。 突き付けられている銃の引き金には指がかかり、いつでも発砲できる状態になっていたが、そんなことは意にも介さずに、フェイは足を動かした。 「復讐、ですか」 「まぁ、そんなところだ」 ニヤリと笑い、フェイはその場に屈み込む。 それを合図に、焔の両手に爆炎が生まれたかと思う間も無く、一気に爆発が起きた。 「うわぁああ!」 銃の火薬に引火して暴発したのか、乾いた音が部屋中に響き渡る。 混乱に乗じて大鎌を転送させたフェイは周囲の人間をなぎ倒すと、床を蹴り暗黒元帥に突っ込んだ。 「覚悟!」 勢いを付けて斬りかかろうとしたが、脇から二本の刀が繰り出されたのに気が付くと床から飛び跳ね距離を取り、攻撃者に視線を送る。 「$2か」 「久しぶり、と言えばいいのか?」 日本刀を構え、不敵に笑っているそのPCの姿を、フェイは今までに何度も見ていた。 飛ばされた閉鎖空間で斬りあった記憶が蘇る。 呼ばれた方はと言うと、不敵な笑みを崩さずに、暗黒元帥の前に移動すると刀を振るってみせた。 「悪いが俺は、アンタに興味は無い」 そこをどいてくれれば危害を加えない、と続けたフェイに$2は呆れたように肩を竦めた。 「そういう冗談は、一度でも俺に勝ってからにするんだな」 「嘘吐きは泥棒の始まりだぞ」 「おい、フェイ、雑魚は俺に任せて元帥とそいつはお前がどうにかしろ」 睨み合う二人の間に焔が割って入り、炎の壁を作り出す。 その壁が消えた瞬間、二人共ほぼ同時に走り出した。 「早い…!」 繰り出された大鎌の一撃を交差させた日本刀で受け止めたが、あまりの勢いに数歩後ろによろめく。その隙を逃さずに、フェイはもう片方の手で即興で作った小型ナイフを投げたが、数ミリの差で避けられるとカウンターキックを食らった。 だが、腕に走った衝撃をものともせずに突進すると、勢いに気圧されたのか、$2は後退する。 「臆した方が負けるのを忘れたか!」 この勝負貰った、とフェイは大鎌を振るうが、$2は余裕の笑みを見せると刀の柄を握りなおしし、頭上で構えなおした。2,3度息を整えた後、カッと目を見開く。 「牙突」 短く言われた言葉に反応する暇もなく、フェイの左脇腹を痛みが襲った。 見ればいつの間に斬りつけられたのか、服に血が滲んでいる。 なんて速さと威力の突きだ…!、とフェイが驚嘆する暇も無く、彼の背後に回りこんでいた$2は再び刀を頭上で構えると、これで終わりだ、と言い床を蹴った。 瞬間、閃光にも似た光が部屋を覆ったかと思うと、弾き飛ばされた一本の刀が床に突き刺さる。 「まさか!」 見切られたのか、と目を向く$2だったが、もう一本はフェイの肩を貫いていた。 「……っぐ」 「何してる、フェイ!」 致命傷では無いものの、傷を負った彼に焔は近寄ろうとするが周りのPCの妨害に会い、思うように身動きが取れない。と、彼の横を外で待機していたはずの黒姉がすり抜けた。 「おい、戻れ!」 お前がどうにか出来る相手じゃない!と焔は叫ぶが、聞く耳を持たずに、$2を羽交い絞めにする。 「フェイさん、今の内に暗黒元帥を討って下さい!」 「邪魔をするな!」 「うわっ!!」 ガッと殴られ何も出来ないまま黒姉は倒れるが、その間にフェイは肩に刺さっていた刀を抜いていた。 大鎌を振ると、$2には目もくれず暗黒元帥目掛けて走り出す。 「元帥!」 「元帥殿!」 それに気が付いた$2も、床に突き刺さっていた刀を抜き取り、後を追う。一本だけだと見切られる可能性がさらに高くなるが、躊躇している場合じゃない、と牙突を繰り出す態勢に入った。 凄まじいフェイの気迫に、暗黒元帥は動くことすらままならずその場で凍り付く。 「これで終わりだ!」 「牙突!」 突風が起こり、外の桜が揺れながら花びらを散らす。 その瞬間だった。 屋根の上から軋んだ音が聞こえたかと思う間も無く、天井を押し破って大量のバグが現れた。 「何…!」 「なんでこんな場所に!」 フェイや焔、暗黒元帥たちに動揺が走る。 低く唸り声を上げたバグたちは、一斉にPCに襲い掛かった。 「とりあえず、お前らの始末は後だ!」 暗黒黙示録側のPCは放置した焔は炎球を作り出すと、容赦なく繰り出されるバグの攻撃を避けつつ炎を放った。あと僅かで元帥を討ち取れたのに、と悔しさに唇を噛み締めながら、フェイも加勢に加わる。 「くそ、もう少しだったのに!」 しかし、黒姉だけはバグを睨み付けると、戦う二人を後に部屋から逃走した。 だが、混戦を極めていた為、二人はその行動に気が付かなかった。 「所詮、数だけの烏合の衆だ」 $2が刀を振る度に、一体、また一体とバグは姿を消していく。 何十体と居たバグは10分後には2体を残すのみとなっていた。 「喰らっとけ!!」 誰かが攻撃をしかけるより先に焔が渾身の爆炎を生み出し、バグに向けて放つ。部屋一杯に広がった灼熱の渦にバグは2体とも消し炭になると、その場に崩れ落ちた。 「まずい、黒死病は!?」 「お前ら、反応が遅いんだよ」 炎の煙幕にフェイの姿を見失ったPCがざわめく姿を見ながら、焔は口笛を吹く。 暗黒元帥の背後に既に回りこんでいたフェイは、今度こそ終わりだ、と鎌を振りあげた。 「そう簡単には行かないぜ」 だが、フェイの行動に気が付いていたのか、横から飛び出してきた$2に攻撃は防がれ突き飛ばされる。しかし、バランスを崩した態勢のままでフェイは再度突進すると、下から掬い上げるように刀に鎌を絡ませ、二本とも弾き飛ばした。 「貰った!」 逃げようとする暗黒元帥を追うが、バランスを崩していたのが災いしたのか$2の出した足払いを避けきらずに前につんのめる。身を乗り出した$2はフェイの手から大鎌を奪い取ると、振りかぶった。 「フェイ!」 そこに、弾き飛ばされた$2の刀を持った焔が滑り込み大鎌の刃を受け止める。 「邪魔をするなぁぁ!」 「元帥、覚悟しろ!」 焔の乱入に激昂した$2が己の日本刀ごと彼の身体を切り裂こうとしたのと、フェイが懐から大般若長光を抜き出し暗黒元帥目掛けて放ったのは、まったくの同時だった。 鈍い、それでいて鋭い音が部屋にこだました。 風に乗って入ってきたのか、桜の花びらがひらりと舞ってフェイの前に落ちる。 「……!?」 「あなたたちは…!」 暗黒元帥とフェイの間には青髪の女のPCが、焔と$2の間には赤髪の男のPCがそれぞれ割り込み斬撃と止めていた。 「水無瀬殿と、奇襲殿…?」 軌道を変えてくれなかったら間違いなく身体に突き刺さっていたであろう大般若長光を冷や汗の浮き出た顔で見つめながら、暗黒元帥は割り込んできた人物の名前を呼ぶ。 水無瀬と呼ばれた女のPCは、呆れたように溜息を付いた。 「悪いけど、ここで仲間割れをしている場合じゃないよ」 何しろ、ネットポリスの連中が攻めてきたんですからな、と続けられた言葉に、部屋に衝撃が走る。 戦いなど忘れてざわめく周囲の動揺ぶりに、余程のことが起きたのだろうと判断したフェイが大般若長光を収める。水無瀬は大型の簡易の転送ゲートを取り出すと、皆に中に入るように促した。 「とにかく、けーさんのところに集まって貰いますよ。対策はそっから考えましょうや」 そのゲートの転送は、フェイが荒らし界に初めて来た時に訪れたサイトだった。 |