Fuckin'Kngdomへと着いたフェイたちはすぐさま、カフェテラスのような部屋に通された。 そこには、既に数十人の界隈のPCが集まっている。 「…おい、あいつは…」 「死神…、荒らし幕府の死神か?」 応急処置を受けただけで痛みの引かない脇腹に舌打ちしつつ、部屋に入って来たフェイの姿に、周りのPCたちがざわめいた。ただならぬ気配の状況に、一体何が起きているんだと身を引き締めたフェイは、ここが初めてFuckin'Kngdomを訪れた時に入れなかった、鍵のかかった4番目の部屋だということに気が付かなかった。 Good luck on your travel 「k3殿、これは一体どういうことです」 周囲にaaa.comや神薙、XGといった界隈の実力者の姿を見つけた暗黒元帥は、この召集をかけた張本人であろうk3に質問する。それに彼は、待ってくださいねと手を振ると、傍の八咫烏に目配せした。 「さて、皆さんちょっとこっちを見てください」 手を叩きつつ席を立った八咫烏に、サイトに居るPCの視線が集中する。 だが、彼はまったく気にした様子も無く、状況説明を始めた。 「本日、上級厨房さんからネットポリスのPCがUGに入り込んだとの情報が送られてきました」 どこから出してきたのか、クリップボードを机に置くと、脇から抱えていた紙袋からヒトガタをした磁石を取り出し、ボードに次々と貼っていく。 その数は、約20個。 「今までネットポリスが突然UGに出現して違法サイトの取締りをしてきたことはありましたが、せいぜい2~3人の小チームでの動きでした。ですが、今回は20~25人ほど居るとのことです」 しかも、上級さんが確認した限りでは、あの黒揚羽や御堂岡も居るそうです、と手にしたマーカーで二つの磁石に周りに円を書くと、その名前を書き入れた。 八咫烏の言葉に、数人のPCから驚愕と焦りの言葉が漏れる。 「現在、彼らの監視は偵察部隊さんにお願いしていますが、はっきり言って、これは由々しき事態です。既に他の界隈も、このネットポリスの混成チームに関しての対策を協議し始めています」 「ネットポリスの奴らが、どの界隈を狙っているか分かるか?」 重苦しい沈黙の中、神薙が質問する。 その質問に八咫烏は、残念ですが、分かりません、と首を振った。 「ですが、彼らがハック系を狙うとは考えにくいです。なにしろ、ネットポリスの精鋭部隊と言えども本職には敵う訳がないからです。あと、ドラッグ系も避けるでしょう。その、なんと言うか本当の意味で危ない人達が多い場所ですからね」 「残されたのは、アダルト系、エミュ系、荒らし系の3つですか」 「十中八九、この界隈ですよ」 腕組みをしながら呟く暗黒元帥に、k3は冷たく言う。 「アダルトもエミュもそれほど表の世界に害は与えていません。UGの中で、全盛期ほど力は無いと言えど表の世界に被害を与えているのはこの界隈だけなんですから、ここを初めに狙ってくるでしょう」 彼の言葉に、またか、と神薙は嫌そうに顔を顰めた。 「前回、たった5人だったチームに数十人で対処に当たったが、結果はかろうじて痛み分けだった。それが今回は、あの黒揚羽も入れて20人だと? はっきり言うが、絶望的だ」 いよいよ、奴らも本腰を入れてきたのか、と舌打ちする。 「だからこそ、こうして皆さんに集まって貰ったのですよ」 すっかり重くなってしまった空気の中で、立ち上がったk3は凛とした声で言った。 「今日まで荒らし界隈が存続出来たのは、犠牲を厭わなかった先人達のお陰だと僕は思っています。だから、僕達も簡単に諦めてはいけないでしょう。皆さん、決して仲が良いとは言えない微妙な関係でしょうが、ここは一つ界隈の為に一致団結しましょうよ」 彼の言葉に、暗黒元帥はしばし黙っていたが何を思ったのか立ち上がると傍までやってくる。 「貴方の言うとおりですね、ここは一つ一致団結と行きましょう」 握手を求めているのか、手を差し出す。 それにk3は意外そうな顔をしたが、すぐに微笑むと力強くその手を握り返した。 「えぇ、よろしくお願いします。暗黒元帥氏」 さすが、一つの勢力の頭だけあって状況判断は上手いな、と改めてk3は暗黒元帥を見直す。 荒らし界隈の2大勢力のトップが皆の目の前で握手したことは余程効いたのか、緊迫しきっていた空気が、僅かばかりだが穏やかになった。 そんな状況を、フェイは入り口近くの壁に凭れて眺めていたが、肩を叩かれて振り返る。 そこには、焔と仏頂面をした$2が居た。 「とりあえず、大体の状況は分かっただろう。破損箇所を修復するから、こっちに来てくれ」 「待ってくれ、俺はまだ…」 何が起きているのかいまいち掴めていないんだが、と困ったように言うフェイに焔は肩を竦める。 「いいか、簡単にかいつまんで話すとだな……」 焔が説明を始めようとした時、その横を水無瀬が通り過ぎた。 彼女は手にしていた小型のCD-ROMを高くかざすと、部屋全体に響き渡る声で叫ぶ。 「おーい、偵察さんから新しくネットポリスの映像が送られてきたぞー」 「本当ですか!」 全員の意識が一斉にそのCDに向けられる。 水無瀬がディスクをk3に渡すと、それは即座に再生機器に押し込まれ映像が映し出された。 「16:05の座標762.403、故・幻影処断府付近からこの映像を記録している」 やや荒っぽい画像と共に男の声が入ると、数十人のPCの姿がレンズの中に入る。隠し撮りをしているらしく、アングルは悪かったが、それでも、個人の顔の判別は出来た。 「ホントに、黒揚羽だな…」 神薙が一人のPCを姿を見て、小さく呟く。 それにaaa.comは、あいつもここまで堕ちたのか、と苛立ったように言った。 「おい…!」 フェイも皆に習い映像を見ていたが、知っているとあるPCの姿が映ったことに驚く。 視線を送れば、焔も気が付いたのか眉を潜めた。 数十人のPCの中に紛れるようにして立っていたのは、二人が荒らし幕府で会い、将軍のデータが入ったディスクを持ってきた、あの黒姉だったのだ。 「なんで、黒姉が」 「ん? 私がどうかしたかい」 名前を呟けば、近くのテーブルの居たPCが不思議そうな顔をしてフェイを見た。 「なに…、お前が黒姉か?」 「そうだけど、君に何かしたっけ」 「……、一体何が」 きょとん、とした顔をするPCにフェイは唖然とするが、焔は冷静だった。 「利用された…、か」 「どういうことだ」 事態が掴めないフェイに、焔は噛み砕いて説明をする。 「いいか、ここに本物の黒姉が居る以上、ネットポリスのヤツは偽者だ」 あいつらが本当に界隈を狙っているのなら、全面戦争になる前に、少しでも既存勢力の力を削ぎたいと思うはずだろう。俺らは、その片棒を担がされたってことなのさ、と続ける。 「つまり、あいつが持ってきたデータは…」 「お前を唆す為に偽造されたモノ、と考えていいと思うな」 「くそ…!」 「二人とも、黒姉の姿を知らなかったのがマズかったな」 よりにもよって将軍を利用するとは…、と唸るフェイを焔は宥めると肩に手をかけた。 「だが、これは逆に考えてチャンスでもある訳だ」 「チャンス?」 「あいつが俺らを利用したのと同じように、俺らもあいつを利用してやるんだ」 一体何を考え付いたのか、薄い笑いを口元に浮かべた焔は暗黒元帥に近寄り、話しかける。 最初こそ話を聞き流していた暗黒元帥だが、興味を惹かれる内容だったのか、やがて小声で相談をし始めた。そんな彼らの姿を見ながら、フェイは手にしていた大般若長光を眺める。 「今は、元帥殿を討とうなんて考えるなよ」 フェイの行動を訝しがったのか、横に居た$2が話しかけて来た。 「いや…、俺はどうやら騙されたらしい」 「どういうことだ」 険しい顔をして言う彼に、$2も真剣な表情になる。 一瞬、フェイは言っていいものか迷ったが、既に焔が暗黒元帥に話していることに気付き、彼にも事実を伝えようと口を開いた。 戦いは、もはやすぐそこまで迫って来ていた。 |