風が靡き、PC達の髪が揺れる。 場所は、東京アンダーグラウンド。 荒らし界隈にもっとも古くからあるサイトの一つで、広大なエリアには彼岸花が咲き乱れている。 「すみませんね、darkdarkさん」 あなたのサイトを主戦場にしてしまって、と隣に居た女のPCにk3は謝る。 「なに、こういうことでもなきゃ、うちのサイトに人は来ないからね」 いい刺激になるよ、と目を細めた彼女は、数百メートル離れて対峙するPCの集団に視線を送った。 「あれが、ネットポリスの連中かい」 「えぇ、今回は厳しい戦いになりますね」 いつ戦闘が始まってもおかしくない状況に、k3は武器を転送させた。 Good luck on your travel 「なんだあのバグの数は…」 ネットポリスの後ろに控えている膨大な数のバグを見て、XGは嫌そうに言う。 どう見ても人工的に作られたとしか思えないバグは、ここ最近アンダーグラウンド界隈を襲っていたのと似たような姿格好をしていた。 「最近、やけにバグの出現が多いとは思ってたが、それもあいつらの工作だったとはな」 「まぁ、ウォーミングアップには丁度良いんじゃないっすかね」 神薙や水無瀬が喋るのを聞きながら、お前らはいつでも元気でいいよな、とXGは呆れた。 俺はもう歳なんだぞ?と、腰を叩く仕草をすれば、数人から笑い声が漏れる。 k3もつられて笑ったが、ネットポリスの集団から男のPCが出てきたのに気が付いて身を引き締めた。 「これはこれは、荒らし界隈の皆様」 リーダー格と思われる男のPCが声を張り上げる。 「一致団結して正義の鉄槌に抗おうとするのは構いませんが、いささか人数が少ないみたいですね。暗黒元帥の姿が見えないようですが、何かあったのですか?」 「ちょっと、いざこざが起こりましてね」 含み笑いをするPCにk3は言葉を濁しながら答える。 「それでも、僕達は勝ちますよ」 知っての通り僕はFuckin'Kingdomの管理人のk3です、貴方は?と尋ねれば、PCはこれは失礼、と被っていた帽子を取ってお辞儀をした。 「申し送れました、私はこの度のネットポリス混成チームのリーダーに選ばれたしばという者です。以後お見知りおきを」 「…ご丁寧にどうも」 「もっとも、あなた達と会うことは二度と無いと思いますがね」 口端を釣り上げて笑ったしばは己の攻撃プログラムを呼び出す。 青い光と共に手に宿った氷の双剣に、aaa.comは口笛を吹いた。 「さすが、ネットポリスの精鋭だな。そんなものをプログラミングできるとは」 「あなたが言ってもお世辞には聞こえませんよ」 嫌味で返したしばにaaa.comは面白くなさそうに眉を潜めると、腰のホルダーからニ丁銃を取り出し構える。それに、他のPCも続いて武器を構えた。 「勝っても負けても恨みっこなしですよ」 「えぇ、もちろん」 k3としばのやりとりを見ながらaaa.comは銃を空に向ける。 「さて、やるとするか」 やる気の無さそうに呟いて引き金を引けば、乾いた音がサイトに響いた。 それを合図に、両陣営のPCは地面を蹴り走る。 ネットポリスは、荒らし界隈を叩き潰す為に。 荒らし界隈は、生き延びる為に。 血の色よりも赤い彼岸花が咲き乱れるサイトの中心で、彼らはお互いの信念を掲げて衝突した。 小手調べのように突撃してくるバグの大軍を、手当たり次第に粉砕する。 特にaaa.comやXG、神薙の攻撃力は凄まじく、一振りの攻撃で数十体を纏めてなぎ倒していた。 「こんなんじゃウォーミングアップにもならないぜ!」 神薙が叫ぶ傍を、数人のPCが走りぬける。 彼らはバグには目もくれず、ネットポリスのPC達に襲いかかった。 「バラバラに攻撃するとは…、愚かですね」 もう少し統率された動きをした方がいいですよ、としばは言い双剣を振るう。周りのPCたちも攻撃をしかけるが、何を思ったのか彼らは避ける仕草も見せずに食らってみせると、その身体を捕らえた。 「おい、先行くぜ」 「あぁ、すぐに追うさ」 ヨノイの言葉にXGは頷く。 その瞬間、彼の身体から光が溢れ出した。 「まさか…、よくやるぜ!」 彼らが何をしようとしているのかに気が付いた御堂岡が、その場から飛び退く。 爆音と共にPCが弾け飛び、辺りは爆発の衝撃で生じた空間の捩れの渦に飲み込まれた。 「自爆…、ですか」 爆発から逃れたしばが、驚いたように言う。 Fuckin'Kingdomで協議したk3らの立てた作戦は、およそ作戦と呼べるものではなかった。 人数で攻めても勝てる相手では無いと分かっていた為、ある程度の実力を持つPC対ネットポリスPCの1対1の構図を基本に、「一人一殺」を目標としたのだ。 その過程で、ネットポリスと対等に戦える力を持っていないPCは、相手の数を少しでも減らすために初突と同時に近くの敵を道連れに自爆する方法が提案された。当然、その意見に反対した者も居たが、それ以外に勝機のある作戦を示すことが出来ずに、結局、その方法が取られることになった。 「よくやるか…、俺もそう思うぜ」 御堂岡の言葉に、神薙は舌打ちすると背後を振り返る。 そこには、何十人ものPCの屍が転がっていた。 「……悪いな、お前ら」 長い間使い、愛着があったはずのPCを惜しげもなく破棄したかつての仲間に、神薙は眉を伏せる。 「負けられねぇな」 「えぇ、まったくです」 あいつらの為にも、と険しい顔をして呟いた神薙にk3は強く頷いた。 開始時の荒らし界隈側の人数は、約35人。 それに対するネットポリスの人数は24人だったが、ヨノイやたかの捨て身の攻撃で18人まで数を減らし、荒らし界隈側の16人とほぼ1対1の状況となった。 各々手ごろな相手を決めて、武器を振るっている。 それは、普段はやる気などまったく見せないaaa.comも同じだった。 「こいつはどうだ」 aaa.comの銃口が火を吹き、弾頭がしばを襲う。 だが、しばは簡単にそれを叩き落すと彼の懐にもぐりこんだ。 「…っち」 これだから接近戦主体のヤツとは戦いにくいんだよ、と舌打ちし距離を取ったaaa.comの背に、誰かがぶつかる。振り返れば、一撃を喰らったのか額から血を流す八咫烏の姿があった。 「珍しいな、あんたが怪我をするとは」 「いや参ったね、避けるだけで精一杯だよ」 そう言う八咫烏の相手は、武器に頼らず自らの肉体のみで戦う黒揚羽だった。 元は荒らし界隈の人間だった彼は摘発され裁判にかけられそうになったところを、ネットポリスに所属しネットの治安を守る為に働く、という交換条件を飲んで無罪放免となった。 それゆえに、荒らし界隈の人間からは裏切り者と呼ばれている。 鉄球を振り回し偵察部隊と上級厨房を相手にしている御堂岡も、同じような経緯でネットポリスに入った人間だった。 「性根は相変わらず腐りきってるが、実力も変わらずってところか」 「あんたに言われたくはないね」 笑いながら二人に近づく黒揚羽だったが、背後から襲ってきたワイヤーに気付き飛びのく。 「何やってるんだ、安東」 「そいつ、逃げるのだけは上手いんだよ」 XGを取り逃した安東は悪い悪い、と言いながら、しばと黒揚羽に合流した。 そこに1対1で戦っていた他のPC達も集まり、再び荒らし界隈のPCとネットポリスのPCの睨み合いの構図が出来上がった。 「…やはり、強いですね」 既に何人かが重傷を負っているのを見て、k3は呟く。 水無瀬が破損箇所の修復をしているが、本職ではない彼女の治療スピードは遅い。 「ふん、弱気になるのは早いぞ」 それに、周りを叱咤したaaa.comは銃をくるくる回すと腕を交差させ構えた。 「ほう、まだやる気ですか」 往生際の悪いaaa.com達にしばはやれやれ、と肩を竦める。 「悪いが、俺たちは諦めが悪くてね」 案外最後に大逆転が起きるかもな、とクレイモアに炎を宿した神薙はしばを睨み付け挑発した。 「俺の炎とあんたの氷、どっちが強いかな?」 「……戯言を」 強いも何も、勝負になんかなりませんよ、としばは双剣を構える。 お互いに目の前の相手だけに意識を集中させ、攻撃を繰り出す機会を伺う。 戦場に一陣の風が吹いて彼岸花がひらりと揺れた。 その時だった。 「牙突!」 「ジャッジメント・デイ!」 北斗七星を構え超スピードで突進する$2と、大鎌から放たれた巨大な衝撃波、そして焔や獄龍鬼神を含めた数人のPCが、ネットポリスの背後から襲いかかる。 「いつの間に!?」 目の前の相手ばかりに気を取られて背後の警戒が疎かになっていた為、ネットポリスのPCの反応は普段よりも大幅に遅れた。 しばや黒揚羽、御堂岡はギリギリのところで避けたが、数人のPCが直撃を喰らい吹き飛ばされる。 「上月!」 黒揚羽は彼岸花の海に沈んだ一人のPCの名前を呼び駆け寄ろうとするが、XGに拒まれた。 「俺が相手をしよう…、少々役不足だがな」 「邪魔をするな…!」 手にしたワイヤーを数回撓ませてみせたXGに黒揚羽は低く唸ると、猛然と襲い掛かる。 高速で繰り出された手刀と蹴りを避けつつ、XGは口端を軽く舐めた。 「遅れました、k3殿」 「まったく、遅かったじゃないですか」 安東の猛攻を捌きつつ、k3はようやく姿を見せた暗黒元帥に安堵のため息を付いた。 「なかなか隙を見せてくれませんでしたから…、各自破損者のサポートして、私の指示を待て!」 「バカな…!」 十数人のPCを従えて現れ、的確な指示下す暗黒元帥の姿に、しばは目を見開く。 「あなたは、フェイというPCに殺されたはずでは!」 叫ぶしばの前にaaa.comは降り立つと、笑った。 「自分の目で確認しないからそういうことになるんだよ。お前が聞いたのは、噂の範囲だろう?」 「はめられたのか…!」 偵察しに行ったPCから確かに暗黒元帥は死んだと聞いたのだが、それが荒らし界隈全体で示し合わされた嘘だったことに気が付いたしばは、怒りを露にする。 「少しは本気にならないと、負けるぞ?」 ニヤリと笑ったaaa.comは銃を構える。 だが、そのフォルムは今までとは大分違い、大型化していた。 「あいつらが命を賭けているんなら、俺もそろそろ賭けないとな」 背後で戦うk3や八咫烏を見ながら、aaa.comは砲身に気を集中させ始める。 赤い光が走った瞬間、銃口の下から細い剣が出現した。 「それが、あなたの本当の武器ですか」 剣と銃を融合させたガンブレードを使うと噂には聞いて居ましたが、初めて見ました、と本気になったaaa.comを相手に、しばも今まで以上に険しい顔になり、剣を構える。 「俺が本気になったら、お前なんか相手にならないさ」 右の刃に炎を、左の刃に水を宿し、雷弾をセットしたaaa.comは、ただ不敵に笑った。 「奇襲さん、危ないってば!」 無謀としか思えないような突撃を繰り返す奇襲に、水無瀬はほうほうの体で付いていく。 だが、彼は意外にも攻撃を避け、的確な反撃を繰り出していた。 「んー、さすがと言うかなんと言うか…」 直感だけで生きてる人は違うね、と妙なところに感心している横からPCが襲いかかる。 曲刀で咄嗟に防いだが、攻撃者が誰なのかを知って青ざめた。 「やぁ、久しぶり、二代目」 「あんたは…!」 ヤバイ、と思う間も無く曲刀を弾き飛ばされ肩を掴まれると、数万ボルトの電流を流される。激しい痛みが全身を走りぬけ、水無瀬はその場に倒れた。 「ひじりん!」 「……っ、来るな!」 薄れていく意識の中で、驚き駆け寄ろうとする奇襲に怒鳴る。 だが、PCは逃がさない、と奇襲目掛けて電撃を放った。 しかし、その攻撃は横から放たれた炎の渦に貫かれると、空で弾け飛んだ。 「昔と変わらず容赦ねぇな、高城」 パキパキと指を鳴らしながら現れた焔に、高城と呼ばれたPCは薄く笑ってみせる。 「なんで、ネットポリスなんかに居るんだ」 「利害が一致してね」 「……そうかい、あんまりアンタとは戦いたく無いんだがな」 「どうやら、楽しめそうだね」 かつて、ハック界に居た時に師匠と慕っていた人物を目の前に、高鳴る鼓動を抑えながら地面を蹴った焔は業炎を生み出す。対する高城も、高圧電流を発現させ迎え撃った。 「生き残っているのは何人だ!」 ネットポリス側のPC、梶山が声を枯らして残っているPCの姿を目で負う。 破損が酷く戦えない者を除いて、荒らし界のPCと交戦中なのは14人だった。 それに対して荒らし界隈側は、新たに参戦した暗黒元帥たちを入れて23人となっていた。 2対1の状況になってしまったことに舌打ちしつつ、これならまだ大丈夫だ、と考える。 「全員、固まって戦うんだ」 相手の誘いに乗る必要は無い、と叫んだ梶山の前にフェイと$2が立ちはだかった。 「よくも、将軍に嘘を語らせたな」 「こいつから、話は聞かせて貰ったぜ」 突き付けられた大鎌を見て、一瞬青ざめるが平静を装う。 梶山は、黒姉と名乗り、フェイに暗黒元帥を討つように仕向けたPCだった。 「頭脳派だからと言って甘く見て貰ったら、困るよ」 どこに隠し持っていたのか、チャクラムを取り出すと投げ付ける。 縦横無尽に飛び回り襲いかかってくるそれを$2はものともせずに叩き落すと、斬りつけようとした。だが、足に何かが絡みついたような感覚を感じ、その場から動けないことに気が付く。 「……これは!」 地面を見ればいつの間にか魔方陣のようなものが描かれており、そこから伸びた血の拘束糸が足首に絡みつき動きを封じていた。 「油断したな」 焦った$2が前に向き直れば、梶山の手にエネルギーが集まったかと思う間も無く光弾が放たれる。 直感的にまずい!と感じ受身の態勢を取ったが、見ただけで分かる破壊力に覚悟を決める。だが、拘束糸が誰かの手にによって断ち切られたのと同時に、突き飛ばされた。 見れば、今まで自分が居た場所にフェイが立ち竦んでいる。 「なに…!」 やってるんだ!と$2が叫ぶ暇も無く、彼の身体を光弾が直撃し貫く。 「……っ、黒死病!!」 成す術なく数十メートル吹き飛ばされたフェイを$2は僅かな間呆然と見ていたが、刀を握り直すと梶山に斬りかかった。余りの痛みに半分意識を薄れかけさせながらも、彼が梶山を討ったのを確認したフェイは、それでいい、とでも言いたげに頷く。 横を見れば、己の身体から流れ出る血に染まりさらに赤くなった彼岸花が目に入った。 「なにやってるんだ、あなたは!」 「身体が勝手に動いただけだ……」 青ざめた顔で駆け寄ってくる$2を見て、それだけ言ったフェイは、意識を手放した。 |