場所は、Fuckin'Kingdom。 k3達は破損者の治療をする為に、東京アンダーグラウンドからここへ移動していた。 「偵察さん、大丈夫ですか?」 「あんまり良くは無いな…」 焔が治療を施し、水無瀬とStormがサポートする形を取っているが、一筋縄では直らない傷を負っているPCも多く、偵察部隊もその内の一人だった。 この身体でどこまで持つかな、と舌打ちする。 そんな中、扉が叩かれた音がしたかと思うと、ひょっこりと小柄な男が顔を出した。 「やぁ、ここでいいのかな?」 「あじさん!?」 「なんで、アンタがこんなところに!」 あじのひらきの管理人、あじの突然の出現に全員が驚く。 「ん、とある人に出張を頼まれてね」 その言葉に、数人のPCは耳が壊れたのかと思った。 彼の治療の腕はアンダーグラウンド随一だったが、滅多に自サイトから出ないことで有名で、サイトに来るPCには訳隔てなく治療を施すが、出張治療だけはしたことが無かったのだ。 「ほら、破損した人はさっさとこっちに来る」 持っていたバックを開いて治療道具を出すあじに皆は顔を見合わせたが、断る理由があるはずもなく、世話になることにした。 Good luck on your travel 「しかしまぁ…、死ぬかと思いましたよ」 「荒らし幕府の二の舞にする気だったのか」 「張り合ってたんだかなんだか知りませんけど、もう少し手加減しても良さそうなものでしたよね」 あじに破損した箇所を治療して貰いつつ、神薙達は口々に喋る。 「まったく…、私のサイトをどうしてくれるんだ」 ただ広いだけのようにしか見えないけど、意外と手間暇かけているんだよ、と憤慨するdarkdarkに暗黒元帥は面目無いと謝り、クポッ!は苦笑した。 彼ら二人が放った衝撃波はかつての荒らし幕府を飲み込んだ時と同じように相乗効果で凄まじい破壊力を生み出し、東京アンダーグラウンドの大半を崩壊させ、無に返してしまっていたのだ。 フェイやゆかり、Stormなど動けるPCが居たからこそ、その場から逃れることが出来たが、下手をすれば巻き込まれて死んでいた状況に神薙達は文句を言う。 もちろん、それは本心からでは無く、冗談だったのだが。 「それにしても、酷い戦いでしたな」 ラウンジに集まっているPCを見渡して、Stormがしみじみと言う。 「君達が来てくれなかったら、ダメだった」 「そうですね」 カウボーイチェアーに寄りかかりながら八咫烏が言った言葉に、k3は相槌を打った。 そんな横で、的確、かつ迅速に処置を施していくあじの手元を見ていた焔は唸る。 「やはり、UG随一と褒め称えられるだけはあるな」 「やだな、照れるから止めてくれよ」 軽い切り傷程度ならば触れただけで直し、重度の傷も一気に2,3個を纏めて修復する。 焔の治療能力も平均以上だったが、それ以上にあじの能力は凄まじかった。 「随分、人数が減りましたね」 彼の治療を受けていた暗黒元帥がポツリと呟く。 「一人一殺」の作戦に組み込まれていたメンバーは、自爆した2人以外、あじの助けもあったお陰で誰もPCを破棄しなくて済んだが、40人以上は居たはずの荒らし界のPCも今は僅かに13人だけだった。 その事実に重苦しい沈黙が、ラウンジに落ちる。 カウンターに腰かけ彼らを黙って見ていたクポッ!だったが、Stormとゆかりに視線を送ると、部屋を後にしようとした。それに、暗黒元帥が慌てて声をかける。 「クポッ!将軍、貴方は…」 「私は、幕府に残しておいた人工知能の様子がおかしいから見に来ただけだよ」 結果的に荒らし界隈とネットポリスとの戦いに参加することになったけど、それは本意では無いから、と続けたクポッ!に$2がStormとゆかりを指差しながら言った。 「その割りには準備が良いみたいだけどな?」 「何とでも言えばいいさ」 $2の言葉をさらりとかわし、クポッ!はFuckin'Kingdomから出ようとする。 と、何かを言いたげに自分を見つめているフェイに気が付いた。 「君も来るか」 君さえ望めば昔のように一緒に居られるが?と、続ける。 それに、フェイは黙って首を振った。 「俺は、もうしばらく旅を続けてみようと思います」 「そうか、分かった」 てっきり付いていくものだとばかり思っていた他のPCは、呆気に取られて二人を見る。 それほど、以前の将軍とフェイは強い繋がりを持っていたのだ。 「…それなら君に、これを渡しておこう」 クポッ!は懐から大般若長光を抜き出すと、彼に手渡すと笑った。 「元気でな」 「はい、将軍も」 一礼して受け取ったフェイを見てクポッ!は部屋を後にし、フェイも黙って彼らを見送った。 「…なんだかんだ言って、あいつもこの界隈が気になってるんだよな」 クポッ!達が消えた後を見ながら、偵察部隊は言う。 暗黒元帥率いる暗黒幕府に破れたから消えたのであって、元々自らの意思で荒らし界隈から消えた訳ではないのだから、執着があってもおかしくは無い。 それは、Stormやゆかりも一緒なのだろう。 だからこそ、以前は仲互いをしていた3人が一緒になって現れたのだ。 「さて、これから元に戻るまでが大変ですね」 暗黒元帥が呟いた言葉に、皆はそうだな、と頷く。 他の界隈と比べると元から人数が少なかった上に、今回の事でかなりの数の常駐していたPCが消えた。復興作業は手間取ること間違いなかったが、それでもこの場に居た誰も文句は言わなかった。 自らを破棄して自爆したPC達を思えば、生きているだけでもありがたい。 「俺は、生きてるんだよな…」 「えぇ、生きてますよ」 ラウンジの片隅で、ぼんやりと天井を見ていたaaa.comが呟く。 それにk3がらしく無いですねと突っ込みを入れたが、普段とは違う気配に首を傾げた。 「aaa.comさん…?」 怪しげに名前を呼べば、彼はあぁ、すまないと散漫していた意識をk3に向ける。 aaa.comが何を考えていたのかを何となく察した彼は苦笑すると、真面目な声で話しかけた。 「僕は、迷惑なことをしたとは思ってませんからね」 「……」 「責任を感じてるかどうかは知りませんけど、一人で先に逝くなんてズルいじゃないですか」 最後まで面倒を見るのが、大人じゃないんですかね?と続けられた言葉にaaa.comは目を伏せると、そうかも知れないな、とだけ言う。 「まったく……」 再び思考の渦に落ちてしまう前に、とk3は彼の手を引っ張ると神薙達のところへ連れて行った。 「ほら、もうちょっとシャキっとして下さいよ、僕たちは生き残ったんですからね」 彼の言葉が聞こえたらしい神薙が、相槌を打つ。 「そうそう、生き残ったからにはこれからどうするかを考えなきゃならん」 「さしあたって、暗黒黙示録の復旧を手伝って貰いましょうか」 「それを言うなら僕のところも手伝ってくださいよ」 抜け目の無い暗黒元帥にこれだから、とk3は苦笑した。連れられて来たはいいが何となく話の輪に入りづらいらしく黙っているaaa.comに偵察部隊と$2が声をかける。 「ほら、aaa.comもあんまり気に病むなよ」 「誰もあなたのことを責めたりしないさ、あの作戦は俺達の総意で決められたんだから」 「……お前ら…」 既に先ほどまでの激闘のことなど忘れて笑う彼らの姿に、aaa.comは口元を緩めた。 そんな彼らに、昔の自分と仲間の姿をダブらせたあじは、誰にも聞こえないように小さく呟く。 「これが、君の守りたかったものか」 確かに守るだけの価値はあるね、と自分に出張を依頼したPCの顔を思い浮かべながら、窓の外に視線を向けた。そこには、いつの日にも変わらない風が優しく吹いていた。 |