フェイは大般若長光を持ち、開けた広場に立っていた。
 彼の目の前に広がるのは、"アンダーグラウンド"の一角、荒らし界隈。
 ネットポリスの襲撃から数週間が経ち、界隈には再び活気が戻ってきていた。



Good luck on your travel
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#21 荒らし界隈




 「……思い出しましたよ、将軍」
 フェイは独り言を呟く。
 彼が立っている場所からは荒らし界隈が一望でき、Fuckin' KingdomやDegradation、暗黒黙示録といったサイトの姿を見ることが出来た。そして、一角に何も立っていない更地があるのも見える。
 「あそこに、幕府があったんでしたっけね…」
 クポッ!と共に荒らし幕府を築き上げた時のことを思い出す。
 あの日、二人は完成したばかりの城をここから眺めていた。
 太陽の光に反射する白い城壁を見ながら、クポッ!は満足そうに笑っていた。
 その姿を見て、苦労した甲斐があったものだと自分も嬉しくなったものだ。
 「黒死病、か……」
 自分だったPCの名前を呟くと、フェイは手にしている大般若長光に目を向ける。
 「ここなら、お前は満足してくれるか?」
 鞘から刀を抜き出し、空へ突き上げる。
 澄み渡った空に浮かんでいる太陽の光に照らされ、刀身が銀色に光った。
 「もう、会うこともないでしょう」
 持ち主の後姿を思い浮かべながら刀を地面に突き刺し、傍に鞘を丁寧に置くと、数歩下がる。
 広い荒らし界隈を背景に、刀の柄に撒かれている紐が風に吹かれて揺れた。
 そのなんとも言えない情景に、フェイはただ黙って頭を下げる。
 数分後顔を上げた彼は、もう一度だけ界隈を眺め渡すとその場から去って行った。

 数時間後、フェイの姿はGehoo!Japanにあった。
 「もう、行くのか」
 「あぁ、俺には風来坊が似合っているらしい」
 アンダーグラウンドからログアウトしようとするフェイを、焔は見送りに来ていた。
 「ようやく皆戻って来たところなんだから、もう少しゆっくりしていけよ」
 黒死病の話も色々聞けるかも知れないぜ?と言う彼に苦笑する。
 「いいんだ、俺は俺、無理に過去を知る必要も無い」
 「ふん…、吹っ切れたのか」
 それならなにより、と笑う焔を見てフェイは手を差し出した。
 「あんたが居なかったら、俺はここまで辿り着けなかった」
 「なに、いきなり改まってるんだ」
 「感謝してるってことだよ」 
 照れくさいのか顔を逸らしながら言う彼に焔は笑うと、差し出された手を強く握る。
 「こっちこそ、貴重な体験をさせて貰った」
 「もう会うことも無いだろうけど、元気でな」
 「そんなこと言わずに、また界隈に顔出せよ」
 もう片方の手で肩を小突けば、その通りだ、と離れたところから声が飛んできた。フェイと焔が振り返ればそこには、$2やk3といった面々が並んでいる。
 「助けて貰った借りを返してないしな」
 「今度良かったら将軍のエピソード教えてくださいね、記録に残しておきたいので」
 「お前ら、なんでここに居るんだよ」
 予想外の人物らの登場に、焔は口を尖らせる。
 それに、k3はつけられているのに気が付かないのが悪いんですよ、と言い返す。
 「尾行してたのか!?」
 「そりゃ、あなた達二人の行動は気になるしな」
 「冗談じゃねぇぜ…」
 口々に喋る彼らを見て笑ったフェイは、Gehoo!Japanに表の世界のアドレスを入力した。
 彼が、いよいよアンダーグラウンドから去ろうとしているのを見て、皆が視線を向ける。
 「それじゃ、またな」
 「また会いましょう、フェイさん」
 皆が見守る中、その身体はアンダーグラウンドからログアウトすると、表の世界へと転送されていった。
 「やれやれ、行っちまったか…」
 先ほどまでフェイが立っていた場所を見つめて、呟く。
 「なんだ、珍しく感傷に浸ってるな」
 余り見たことの無い焔の表情に$2が茶化すが、曖昧に笑ってみせるだけだった。
 「アイツは、特別だったからなぁ」
 「そりゃ、ある意味特別かも知れないが…」
 「$2さん!いつの間にか姿が無いと思ったら、こんなところでなにしてるんですか」
 「うぉ、元帥殿!」
 彼の言葉に首を傾げた$2だったが、突然暗黒元帥が現れたことに肝を潰す。
 「まだ、修復作業は終わっていないんですからね」
 手伝ってください、と続ける暗黒元帥に$2は頷くと、焔に片手を挙げた。
 それに焔も応じて片手を挙げ返すと、転送ゲートにいつもの行き着けのサイトのアドレスを入力し振り返る。彼の目の前にある光景は、数週間前となんら変わりが無かった。

 全ての喧騒を包み込んで、"アンダーグラウンド"は今日も、そこに在った。



#22 旅の終わり へ