フェイは大般若長光を持ち、開けた広場に立っていた。 彼の目の前に広がるのは、"アンダーグラウンド"の一角、荒らし界隈。 ネットポリスの襲撃から数週間が経ち、界隈には再び活気が戻ってきていた。 Good luck on your travel 「……思い出しましたよ、将軍」 フェイは独り言を呟く。 彼が立っている場所からは荒らし界隈が一望でき、Fuckin' KingdomやDegradation、暗黒黙示録といったサイトの姿を見ることが出来た。そして、一角に何も立っていない更地があるのも見える。 「あそこに、幕府があったんでしたっけね…」 クポッ!と共に荒らし幕府を築き上げた時のことを思い出す。 あの日、二人は完成したばかりの城をここから眺めていた。 太陽の光に反射する白い城壁を見ながら、クポッ!は満足そうに笑っていた。 その姿を見て、苦労した甲斐があったものだと自分も嬉しくなったものだ。 「黒死病、か……」 自分だったPCの名前を呟くと、フェイは手にしている大般若長光に目を向ける。 「ここなら、お前は満足してくれるか?」 鞘から刀を抜き出し、空へ突き上げる。 澄み渡った空に浮かんでいる太陽の光に照らされ、刀身が銀色に光った。 「もう、会うこともないでしょう」 持ち主の後姿を思い浮かべながら刀を地面に突き刺し、傍に鞘を丁寧に置くと、数歩下がる。 広い荒らし界隈を背景に、刀の柄に撒かれている紐が風に吹かれて揺れた。 そのなんとも言えない情景に、フェイはただ黙って頭を下げる。 数分後顔を上げた彼は、もう一度だけ界隈を眺め渡すとその場から去って行った。 数時間後、フェイの姿はGehoo!Japanにあった。 「もう、行くのか」 「あぁ、俺には風来坊が似合っているらしい」 アンダーグラウンドからログアウトしようとするフェイを、焔は見送りに来ていた。 「ようやく皆戻って来たところなんだから、もう少しゆっくりしていけよ」 黒死病の話も色々聞けるかも知れないぜ?と言う彼に苦笑する。 「いいんだ、俺は俺、無理に過去を知る必要も無い」 「ふん…、吹っ切れたのか」 それならなにより、と笑う焔を見てフェイは手を差し出した。 「あんたが居なかったら、俺はここまで辿り着けなかった」 「なに、いきなり改まってるんだ」 「感謝してるってことだよ」 照れくさいのか顔を逸らしながら言う彼に焔は笑うと、差し出された手を強く握る。 「こっちこそ、貴重な体験をさせて貰った」 「もう会うことも無いだろうけど、元気でな」 「そんなこと言わずに、また界隈に顔出せよ」 もう片方の手で肩を小突けば、その通りだ、と離れたところから声が飛んできた。フェイと焔が振り返ればそこには、$2やk3といった面々が並んでいる。 「助けて貰った借りを返してないしな」 「今度良かったら将軍のエピソード教えてくださいね、記録に残しておきたいので」 「お前ら、なんでここに居るんだよ」 予想外の人物らの登場に、焔は口を尖らせる。 それに、k3はつけられているのに気が付かないのが悪いんですよ、と言い返す。 「尾行してたのか!?」 「そりゃ、あなた達二人の行動は気になるしな」 「冗談じゃねぇぜ…」 口々に喋る彼らを見て笑ったフェイは、Gehoo!Japanに表の世界のアドレスを入力した。 彼が、いよいよアンダーグラウンドから去ろうとしているのを見て、皆が視線を向ける。 「それじゃ、またな」 「また会いましょう、フェイさん」 皆が見守る中、その身体はアンダーグラウンドからログアウトすると、表の世界へと転送されていった。 「やれやれ、行っちまったか…」 先ほどまでフェイが立っていた場所を見つめて、呟く。 「なんだ、珍しく感傷に浸ってるな」 余り見たことの無い焔の表情に$2が茶化すが、曖昧に笑ってみせるだけだった。 「アイツは、特別だったからなぁ」 「そりゃ、ある意味特別かも知れないが…」 「$2さん!いつの間にか姿が無いと思ったら、こんなところでなにしてるんですか」 「うぉ、元帥殿!」 彼の言葉に首を傾げた$2だったが、突然暗黒元帥が現れたことに肝を潰す。 「まだ、修復作業は終わっていないんですからね」 手伝ってください、と続ける暗黒元帥に$2は頷くと、焔に片手を挙げた。 それに焔も応じて片手を挙げ返すと、転送ゲートにいつもの行き着けのサイトのアドレスを入力し振り返る。彼の目の前にある光景は、数週間前となんら変わりが無かった。 全ての喧騒を包み込んで、"アンダーグラウンド"は今日も、そこに在った。 |