一瞬、フェイはデッドリンクを踏んだかと見間違えた。 サイトの外見は酷く、門は錆び、窓の留め金は外れ、屋根の一部は剥がれ落ちている。 まさに、何も手入れが施されていない状況だった。 部屋の中から喚声が漏れていなければ、どう見ても廃墟としか思えないサイトに、あまり気乗りはしないが…と思いつつ、フェイは扉をゆっくりと開けた。 Good luck on your travel 扉を開けた瞬間、飛んできたビール瓶にフェイは閉口する。 難なく避けて中に入ったはいいが、そこは喧騒の渦に包まれていた。 ビール瓶と瓶のぶつかり合う音がひっきりなしに響き渡り、あちこちで小競り合いが起きている。まるで、大海賊時代の酒場のような荒れっぷりにどうすべきか戸惑っていると、少し離れた席に一人で座っていたPCが近づいてきた。 「よう、アンタ、久しぶりだな」 少し酔っているのか赤い顔をしているPCの体格はよく、レザージャケットを羽織り指先が出るタイプの皮手袋をしている。ミリタリーパンツとラインの入った黒いメタルブーツを履き、茶色の髪を揺らしながら屈託なく笑った。男の言葉に、フェイは質問する。 「俺を、知ってるのか?」 「ん、なんだ、別人か?」 名前は何て言うんだ、と聞かれたフェイはその名を答える。 それに男は、肩を竦めてみせた。 「悪い…、勘違いだ、ところでアンタ、ここに来るのは初めてか?」 「そんなところだが……」 「ほう、それならこれからよろしく頼むぜ。ここは紳士淑女の溜まり場、そして俺が管理人のXGだ」 「あぁ、よろしく頼む」 どう見ても集まっているのは紳士淑女ではないと思ったが、突っ込むのは野暮だなとフェイは唸る。 それよりも一体誰に間違えられたのか、と考えていると目の前にXGの手が差し出された。一瞬呆気に取られたが慌てて握り返せばやはり酔っているらしく、力任せに腕を振られ肩を抱かれた。 「おい、お前ら、新しい仲間のフェイに乾杯だ!」 手にしているビール瓶を持ち上げたXGに、周りのPCも同調する。 こういうノリは嫌いじゃないが、今はこんなところで立ち止まっている場合じゃない、とフェイは退散しようとするが、XGに首根っこを捕まれ無理矢理席に座らされた。 「そんな簡単に帰れると思ったら大間違いだぜ?」 せめて、一晩は付き合ってもらうぞ、と目の前に置かれた酒瓶の山に、目を向く。 「ま、待ってくれ、俺はあんまり酒に強くないんだ」 「それならジュースに牛乳もあるぞ?」 何とかして逃げ出そうとするフェイを、そうはさせまいとXGはあの手この手で引き止める。 そうしている内に、他の机からもPCが訪れフェイの杯に酒を注ぎ始めた。 「よぉ、今更戻ってきて何をするつもりなんだぁ?」 「幕府の仇討ちかよ」 口々にまくし立てるPC達に、XGはあっち行けと手を振る。 「おいお前ら、こいつは別人だ。あんまり絡んでやるな」 「そりゃ残念で」 「せっかく、祭りでも起きるかと思ったんだけどな」 名残惜しそうに去っていくPCを見ながら、XGは苦笑した。 「悪いな、あいつらも悪気がある訳じゃないんだぜ」 「いや、そりゃ分かっているが…」 何杯目か分からない杯を空にしたフェイは軽い頭痛を感じ、こめかみを押さえる。 このままでは本当に酔いつぶれてしまう…、と若干危機感を感じていると、背後から突然凄まじい音が聞こえてきた。振り返れば、何が起きたのか机が2個ほどひっくり返っている。 「ヨノイ、てめぇぇぇぇ!」 「おう、やる気ならかかってきやがれ!」 既に泥酔状態の二人のPCが睨みあい、周りのギャラリーは喚声を上げて煽る。 まさに一触即発の状態に、XGは悪いな、とフェイに言い残し席を後にするとその間に割って入った。 さすが、サイトの管理人だけあって揉め事は仲裁に入るか、とボンヤリ見ていたが、フェイが考えている程、彼らは常識を持ち合わせてはいなかった。 「ヨノイ、小野寺!暴れるんなら俺も混ぜやがれ!!」 ガッと二人の首根っこを掴むとXGは強烈な頭突きを食らわす。 それを合図に、3人の大乱闘が始まった。 「………」 目の前で始まった乱闘に、フェイは唖然となる。 ノーコンのギャラリーが投げた皿や瓶が飛んでくるのを避けながら、これもまた裏の世界ならではか、と考えを改めた。若干意味は違うが、全力でぶつかれる場所があるのはいいことだ、と思う。 「そうだ、今の内に…!」 XGが乱闘に参加している隙に退散するべきだ、とフェイは席を立つ。 見つかったらそれこそいつまで付き合わされるか分からないので、警戒しつつ扉の傍まで歩み寄り、一気に外へとすり抜けた。 外の冷たい空気に吹かれ、少し酔いから覚める。 「やれやれ…」 酷い目に会ったと頬を叩きながら歩いたフェイは、あるPCの言葉を思い出した。 「そういえば、「幕府の敵討ち」とか言っていたな…」 XGも最初に俺を見た時、他のPCと見間違えたようだし…、何か手がかりになるものがあるかも知れない、と「幕府」に行くことを決める。 やはりまったく手入れされていない中庭に設置されている転送ゲートに近づき、検索機能を使い近場のサイトを探したところ、一件のヒットがあった。 「何か、見つかるといいが…」 淡い期待を込めて、そのサイトへフェイは飛ぶ。 次の転送先の名前は、室町幕府と言った。 |